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Cocco 「Raining」

Coccoの2nd『クムイウタ』の歌詞カードのラストには、
「Special thanks to」として以下のメッセージが記載されている。

Special thanks to
消えない過去たちへ
消したい記憶たちへ
消せない想い出たちへ
限りない憎しみと
おびただしいほどの愛と
おやすみのキスを込めて

過去の実話を基にして作られたという「Raining」は、
消えない過去を、おびただしいほどの愛でもって歌われた曲に聴こえる。


何で彼女は髪を切って、腕を切る必要があったのか。
本人も歌っているけど、「なぜだったのだろうと 今も想うけれど まだわからないよ」

この歌を貫いているのは、
自分はひとりぼっちである、との孤独感である。

「教室で誰かが笑ってた」
「行列に並べずに少し歌ってた」
浮かぶのはみんな楽しそうな風景の中で、一人はみだした孤独な姿。
客観的な描写が尚更その孤独感を引き立たせている。

「あなたがもういなくて そこには何もなくて」
理解者と思われた人間が去り、その喪失感の大きさを感じる。

はっきりした理由は分からないにせよ
曲中の「私」を自傷的な行動に至らせた一つの要因に、
このような孤独感があったと考えることが出来る。

リストカットといった自傷的な行動に関してはともかく、
こういった孤独感に関しては自分を投影することが出来る。
高校の頃なんかは、楽しくもないのに無理に笑ったりつるんだりしていたことがあったけど、
そんなときに孤独感を感じたり、した。


でも彼女は、
「未来なんて いらないと想ってた」けど
「生きていける そんな気がしていた」と歌う。

この転換が何によってもたられたのかは明確ではない。

この曲、タイトルは「Raining」だけど、曲中では晴れの日の情景が描写されている。
「生」の象徴として「晴れた日」「太陽」が暗喩されているかのように。
一方で「雨」が描写されるのはたったの一行である。

今日みたく雨なら きっと泣けてた


ここがこの曲のポイントだと思うし、聴き手に解釈を委ねられるところだと思う。

人間の心なんて天気のように激しく移り変わる。
雨は永遠に降り続けることはないし、いつか雨は止んで眩しい太陽が現れる。
晴れの日の美しさの中では、人間の存在なんてちっぽけなもののように感じる。
だから今日も希望をもって生きていこうと思える。

僕の解釈はこんなところである。
実感に近い。


「Raining」は美しいメロディと文学作品のような歌詞とが奇跡的に融合したような、
心にじーんと響く素晴らしい曲だと思う。

eastern youthの吉野の言葉を借りれば、
音楽は単なる気休めではなく、切実な生きるための力になりうる、と。
Coccoにとっての歌もそうだったんだろうなと思う。


それは とても晴れた日で
未来なんて いらないと想ってた
私は無力で 言葉を選べずに
帰り道のにおいだけ 優しかった
生きていける そんな気がしていた

教室で誰かが笑ってた 
それは とても晴れた日で


B00005GXLSクムイウタ
こっこ 根岸孝旨 村山達哉
ビクターエンタテインメント 1998-05-13

by G-Tools



Cocco 「Raining」 PV
このPVだと「あなた」はお爺さんとして描かれているようです。
最後に現れる、幸福な家庭を連想させる食卓の場面は秀悦だと思います。



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プロフィール

捕鯨船団

Author:捕鯨船団
1979年生まれ。
東京都町田市在住。
電子部品の技術開発に従事。

30超えにも関わらず、
楽器をドラムに替え、
学生時代以来のバンドを始めた
今日この頃。

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