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井上陽水 「少年時代」

昨日まで北海道に行っていた。

僕の実家はずっと茨城にあったんだけど、退職をきっかけに親は北海道に家を建てて、移住した。
うちの両親は二人とも北海道生まれで、親戚関係もほぼ全員北海道にいる。
そういったこともあって、仕事のしがらみが無くなれば、こうなるのは自然の流れだった。

僕は茨城で高校時代までを過ごしていたんだけど、夏休みには家族で北海道に行くことが多かった。
こうして北海道という土地に触れることにより、僕はその土地への憧れを強くした。

高校時代、目指す大学を決めるのに、東京の大学は眼中になかった。
僕はとにかく北海道に行きたかった。だから北海道の大学を志望して、勉強をしていた。

それには北海道に住みたいという憧れの一方で、両親はいずれ北海道に移住する、
そうであるなら僕も北海道に住むべきではないか、北海道の大学なら地元で就職するよりも、
色々と有利なことがあるんじゃないか、そういう考えもあった。

とにかく北海道の大学に行くことが目的だったから、
学部とか専攻とか、あんまり重視してなかった。極端にいえば、どうでも良かった。
僕は工学部に行くことになるんだけど、工学部行くならもっと進んだ研究できる大学が、
他にいっぱいあったわけだし。

そうこうして大学に入って、紆余曲折の中で大学生活を過ごしていく中、
予定通り北海道で就職しようと思って、大学3年から4年のときにかけて、
セミナー行ったり情報収集をしていたんだけど、はっきり言って、やりたいことが見つからなかった。
ゆとり全開な感じがするけど、実際僕にやりたいことは何もなかった。

大学4年生になって、研究室に配属された僕は、研究内容云々というよりも、
24時間好きな時間にいつでも研究が出来る環境というものに魅力を覚え、
自然と研究テーマに没頭し、大学院に行くことになった。

短い期間ではあるけれども、大学院まで行けば、自分の知識や能力として、専門性が出てくる。
どうせここまで来たら、そんな専門性を発揮できるようなメーカーに就職したいと思うのが、
また自然の流れだった。

研究テーマとは直接の関係はないけど、自分が興味を持った分野の電子部品の会社探して、
色々と受けて、結局行き着いたのが今いる会社だった。
想定される勤務地が都心に近いということも魅力的だった。

残念ながら北海道には、工学という分野では、僕が少しでも心を惹かれる職場はなかった。
ドクターという選択肢を取るにしても、北海道の大学に残るという選択肢はなかった。

そんなこんなで再び本州に進出して、今に至る。


長々と自分の身の上話を書いてきたけど、
今回北海道で雄大な自然と向き合って、そんなこれまでの自分を振り返っていた。
そして、突きつけられた事実があった。今まで分かってはいたけど、もう一度正面から向き合うべき事実。

自分が自分の家族と離れてまで、やり遂げようとしていることって、何なんだろうって。

そして仮にそれが何であろうとも、絶対にそれに見合う、でかい仕事をやり遂げなければならないなって。

北海道はとにかく空が広々としている。
実家のチャリ借りて行った砂浜の上に寝ころんで、波の音を聴き、青い空を見上げながら、考えていた。

今僕が関わっている仕事をやり切ったら、一旦僕の会社生活をリセットしようと思った。

開発の仕事って足の長い仕事であるから、今の仕事の結果が出るのはあと2、3年後になる。
そのときに僕の仕事が成果を出せなかったとしたら、今の会社ではきっと成果は出せないってこと。
仮に「でかい仕事」をやり遂げられたとしても、胸を張って違う道にも進めそうな気がするし。
だから少なくとも、あと2、3年は余計なこと考えずに、会社では仕事に没頭しようと思った。

北海道の雄大な土地は、僕にそんな決意を与えてくれた。
やっぱ北海道、大好きです。


北海道の空を見上げながら、今頃同じ空の下でライジングやってるんだよなーって想いにもふけっていた。
妹が行っていたんだけど、今年も最高だったようである。
今年の目玉である山下達郎が、とにかく評判が良かったようで。やっぱ行けば良かったかな。

あーいう日本の音楽の歴史作った人の音楽って、説得力が全然若いバンドと違うんだけど、
山下達郎もきっとそうだったんだろうな。

いつかのライジングで井上陽水観たときもそう思った。昼間の青空の下で、陽水の歌。
とにかくヒット曲連発で空気を読んだセットリストも見事なら、歌と演奏力の説得力も見事だった。
すげーすげーって感動しながら見ていた覚えがある。

そんときのセットリストがここにあります。正にフェス向けって感じの、感動もののセットリストです。
http://rsr.wess.co.jp/2007/profile/05.html

とにかく「少年時代」が心に残っている。
ただを音を出しているだけのはずなのに、何であんなにも人の心を揺さぶるのか不思議だった。
何でか分からないけど、泣きそうになった。

8月の夏の日、この曲を聴くとあのときのことを思い出す。
そして僕が過ごしてきた北海道の日々のことを思い出す。


目が覚めて 夢のあと
長い影が 夜にのびて
星屑の空へ
夢はつまり 想い出のあとさき

夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれに さまよう
八月は夢花火 私の心は夏模様 


B00002DDH8GOLDEN BEST
井上陽水
フォーライフ ミュージックエンタテイメント 1999-07-28

by G-Tools



井上陽水 「少年時代」 PV



井上陽水「傘がない」2002年のフジロックでのステージ。
演奏途中までの動画ですけど、観客の反応が生々しくて良いです。
ライジングでもこんな感じでした。その場の空気を一変させる力を持ったミュージシャンですね。

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

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プロフィール

捕鯨船団

Author:捕鯨船団
1979年生まれ。
東京都町田市在住。
電子部品の技術開発に従事。

30超えにも関わらず、
楽器をドラムに替え、
学生時代以来のバンドを始めた
今日この頃。

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