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Going Steady 「アホンダラ行進曲」

僕は異動が決まり、4月から新しい職場に行く。
そのことは今月の頭に分かっていたんだけど、自分の気持ちがそれ以前と何か変わったかというと、
何も変わっていなかった。

3月上旬は自分の開発品の工場での初生産があり、その対応に追われていたし、
中旬から今日までお客さん要望の設計変更対応に追われていた。
量産がもう6月に迫っているのに、この時期の設計変更というものは非常に厄介で、
色々な部署、仕入先との調整に追われて、とにかく「今」を生き抜くのに必死だった。

僕より忙しい人なんて世の中にいっぱいいるの知ってるから、
忙しいなんて言葉は出さなかったけど、でも自分の気持ちとしては「忙しかった」。
寝る前にはずっと次の日のこと考えていた。眠れないからデスメタル聴いたり、酒飲んだり。
睡眠が浅いから、慢性的に頭がぼーっとしていた。

自分が抱えている仕事上の課題は依然として山積み。
引継ぎのための整理も出来ず、とにかく早く対応しなければならない案件に手をつけて、
4月に向けたレールを作るのに精一杯だった。

でも今日で、とにかく早く対応しなければならない案件に対しては、
手を打つことが終わった。とりあえず、最低限の仕事はこなした。
少しほっとして、僕は夜、会社の屋上に出て、タバコを吸った。

まだ、明日があるけど、今日のうちにお礼のメールを打っておこうか。
タバコを吸いながら、その考えが浮かんだ。

今の職場の人間に対しては、直接顔を合わせているから、改めて挨拶する必要はない。
でも時として、お互いの立場故に衝突も多かったけど、
僕の窮地を想像以上の底力で救ってくれた工場の方々には、
何らかの区切りをつけなければいけないと思っていた。

僕の工場は東北にある。
電話やメールのやり取りはするけど、直接顔を合わせる機会は出張のときくらいである。
本当はもう一回、今月に出張行きたかったけど、とても行ける状況でなくて、
あっという間に月末になってしまっていた。

思い立って自分の職場に戻った。
僕の職場は普段夜遅くまで残っている人間が多いんだけど、
大規模な部署異動があったおかげで、引越し対応で公暇を取っている人間が多く、
いつもより今日、人は少ない。

そんな環境で僕はまた自分のPCに向かい、メールを打つ。

自分の素直な想いを綴っていたら、あっという間に長文になった。
普段なら怒られる長さだ。もっと簡潔にまとめろって。ムダな時間メールに使うんじゃねーって。
でも10分もかかっていなかった。僕が今思うことを素直に綴った。

そして改めて僕の文章を読み返してみて、急激に自分の環境が変化することを実感した。

僕はもうこの人達と一緒に仕事を出来なくなる。
メールの宛先に入れた方々の名前を、もう一度見返していた。

本当に色々なことがあった。
2年前に今の部署に移ってきて、仕事のやり方なんて分からなかった。
先輩後輩の仕事を観察して、見よう見まねでやってきた。
自分の力のなさに対して、歯がゆく思う日々が続いた。

でも怒られながらも、自分でいうのも何だけど、
いつの間にか自分は認められていると感じるようになった。
打ちのめされても立ち上がる、そんな経験を続けていくうちに、明らかにまず自分が変わった。
そして周りが自分を見る目が変わった。

同じ苦労を分かち合うことで、信頼関係が生まれた。
昼間は色々とぶつかり合っても、夜に一緒に飲みに行って騒いでと。

大体工場に行くレベルの状況って、あまりいい状況じゃないからなんだけど、
でも僕は毎回工場に出張できるのが楽しみになっていた。
あの人達と仕事をして、酒を飲むのが、楽しかった。

そんな日々が、4月からなくなる。

人の少ない職場。僕の胸に寂しさが急激に込み上げてきた。
涙をこらえるのに必死だった。

会社という空間の中で、ここまで自分の感情が揺らいだのは初めての経験だった。

僕は決意して、メールの送信ボタンを押した。
自分の二年間の、区切りをつけた瞬間だった。

自分は春という季節が好きである。特に4月は新しいことが始まる季節。
新しい人間との出会い、新しい環境、新しい組織。
僕は基本的に変化は好きな人間である。

でも今年ほど、春が来ないでほしいと思った年はなかったかもしれない。
ずっと冬でいい。そのまま寒いままでいいんだって。

残酷なことに、今年もまた春がやってきた。
今日はそんな春を実感した一日だった。


帰りの電車の中で、自分が二年前に書いた記事を読んでいた。
http://hogeisendan.blog63.fc2.com/blog-entry-220.html

当時の自分、今の自分の姿はきっと想像していなかった。
人生って先が読めないから面白い。

僕は人生に対する目標はある。
でもそれを実現するための将来の自分のあるべき姿なんてイメージできないし、
極端に言えば、自分が具体的にやりたいことが何かなんて、未だに分からない。

そんな将来設計がないからこそ、同世代の人間が次々と家族を作っている中で、
自分が未だに一人でいる理由なのかもしれない。

危機感がない訳ではないけど、でも今の自分の一日一日は、はっきりと生きている実感がある。
だから今はそれでいい。積極的に人生に流されてしまおう。そう思っている。

申し訳ない言い方になるけど、僕はこの時代に生まれて良かったなんて思っていない。
でもこの世に生を授けてくれたことに対して、自分が今生きていることに対して、
僕は感謝している。

未来なんて分からないから、人生は面白い。
4月からの自分の生活、どうなるか楽しみだ。


死にかけたままの情熱が「こんなもんか」と僕に問いかける
失いかけてた希望の光が「ここまで来い」と僕を呼んでいる

まだ見ぬ明日に…
まだ見ぬ明日に…
くそったれの明日に
何があるのか僕は知らない


B00005L9XWさくらの唄
ミネタカズノブ GOING STEADY
UK.PROJECT 2001-07-06

by G-Tools



Going Steady 「アホンダラ行進曲」
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テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

Lamb of God 「Black Label」

先月Lamb of GodとChthonicのライブに行って以来、しばらくメタラー期間が続いている。
とにかく激しい音楽が聴きたくて、朝の通勤時にもやかましい音楽を聴きまくっている。
それくらいあのライブにはインパクトがあった。

今年もたぶんラウドパークやってくれると思うけど、
Lamb of Godは年二回になってしまってもいいから呼んでほしい。
意外にもこのバンド、2006年しかラウドパークに出ていない。

というのも、このバンドはデカい会場こそ真価を発揮するバンドだと思うので。
渋谷のオーイーストは明らかに狭すぎた。

あのときのライブ、ソニックが終わって機材転換のときからしてもう異様な空気だった。
突発的にラムオブゴッドコールが沸き起こって、客のテンションがおかしい。
僕はソニックのライブでかなり体力消耗していたので、とりあえずビール補給していて、
危険な香りがするから後ろの方で見ようかな、なんてことを考えていた。

同じように考える人が多いのか、ステージ前方のフロアには余裕はあるけれども、
一段上のいわゆる安全なスペースは人がぎっしりで、
ステージが見える位置にはもう人が埋まっていた。

まあフロア下りても後ろの方は安全だろと思って、
ちゃんとステージ見たいし、結局ステージ前方のフロアでライブを見ようと思って、
僕は前方フロアに足を踏み入れた。

しかし、その考えは甘かった。

会場が暗転してSEがかかり沸き起こる野太い歓声。まあいつものメタルのライブの光景だ。
中央にサークルを作ろうとして人間が中心から押し出され、人口密度が局所的に上がる。
これもいつもの光景だ。

メンバーが登場して1曲目にニューアルバムから「Desolation」がスタート。
イントロからしてもうテンションマックスでぶち切れた演奏。
かっこいいーなんて思ったのもつかの間、いきなりモッシュの波に飲まれてしまった。

PA前の後方も後方。絶対巻き込まれないと思っていたけど、完全に甘かった。
なんか知らんが、人の流れに飲まれ、1コーラス目のサビのところでは、ランディの目の前にいる。

もうこうなったら狂うしかない。完全に僕はモードを切り替えた。
実際ラムの演奏は人を狂わせるのに十分な攻撃力を秘めていた。

「いんゆあー!」サビでランディが客席にマイクを向ける。
「でぃーそれいしょーーーん!!!」

観客のコーラスが完璧に決まった。フロアから大量の拳が付き上がる。
僕ももうもみくちゃになりながら叫んでいた。狭いスペースで頭を振る。
気が狂ったかのように、実際狂ったように叫んでいた。

そっからは完全に体力勝負。
曲が進むにつれて観客にも疲れが見えてきたような感じだけど、
フロアのあらゆる場所でモッシュが連続的に巻き起こっている。

正直Lamb of Godって昔からのファンの方には申し訳ないんだけど、
金太郎飴的なバンドだと思っていて、どの曲も基本的に同じように聴こえる。
でもライブではそれが良い方向に機能していて、そんなに曲を知らなくても盛り上がれる。
実際僕はアルバム3枚しか持っていなかったけど、全然問題なかった。

あとは、やっぱりバンドの演奏の素晴らしさ。
とにかくドラムが上手い。手数足数がかなり多いにも関わらず、異常な安定感。
もっとゆっくりドラミング観察したかったけどな…。

そしてギターの音作りも良かった。
メタルコアバンドにありがちな単純なディストーションサウンドではなく、
ハムバッカーのコシを残した、芯の太いサウンド。

多くの人が認める通り、サウンドとしてはPanteraだ。
サザンロック的なテイストをメタル、ハードコアの音楽の中に取り込んでいる。
ランディのボーカルなんて、モロにフィリップアンセルモだし。

完全に自分のイメージを彼らは凌駕していた。
ライブが凄いバンドとは聞いていたけど、ここまでとは思わなかった。
CDも凄いが、彼らはライブで本領を発揮するバンドというのは間違いない。

ニューアルバムの曲を軸に過去の人気曲を配列したセットリストも、
観客を熱狂させるのに十分で、ライブの山場の作り方もよく心得ている印象だった。

圧巻はアンコールの「In Your Words」「Redneck」「Black Label」の三連打。
僕は本編終盤には相当疲れてしまっていて、フロア端の比較的動きの少ないエリアにいたんだけど、
アンコール始まってからは、またモッシュピットの真ん中に突っ込んでいた。

後悔の無いように狂わなければいけない。音楽が僕の身体を突き動かした。
人間が連続的にぶつかってくる。頭の上を人間が転がってくる。
冷静になれば何でそんな状況にわざわざ身を置いているんだって考えるけど、
でもそれがメタルのライブなんだから仕方ない。

ラストの「Black Label」ではお約束のウォールオブデス。
イントロを前にして人が端に寄り、フロア中央には空間が。

でも、あまりに人が密集しすぎていて、空間が非常に小さい。
ランディの「1、2、3、4!」のカウントに合わせて人が殺到するが、
密集度が高すぎたせいで、思ったほどの迫力がなかった気がする。

あの状態で無理に人がぶつかってったら危ないもんね。
何だかんだで、みんな冷静なんですよ。あんな状況にあっても。
そこは日本人のいいところだと思った。

このときにやっぱりもっと大きなところで見たいと切実に思った。
ライブパークのデカい会場なら、物凄いデカいモッシュピットも出来るし、
とんでもないウォールオブデスも形成されるはず。

ライブハウスで見るLamb of Godもいいけど、海外のライブ動画で見るような、
デカい会場だからこそ形成される異常な空間を、僕は彼らのライブで体感してみたいと思った。

ちなみにWall of Deathの起源をちょっと調べてみたけど、正確なところは分からなかった。
でもLamb of Godがこれを普及させたバンドであることは間違いない。
http://www.urbandictionary.com/define.php?term=wall%20of%20death

自分、激しい音楽聴きながらモッシュするのは好きなんだけど、
サークルモッシュってのはあまり好きではない。実際ぐるぐる回ってるだけなのが多いし。
視覚的にかっこいいから、まあ参加してもいいかなーって思う程度なのが正直なところ。

でもウォールオブデスは楽しい。
空間に一気に人が殺到する様は、明らかに不穏な空気が漂っている。
実際物凄く危険だし。人がいっぱい倒れるから、やり過ぎは禁物。

ただ、そんな「危険」というリスクを伴う行為。僕は何事もリスクを背負うから面白いと思う。
特にメタルのライブという非日常の空間の中で、どれだけ狂うことが出来るのか。
ギリギリの線を見極めた上で、危険な行為に走るのは、僕はメタルのライブの醍醐味だと思っている。

ライブ慣れしている人達が多いライブだと、
そこら辺のギリギリの線を分かっているから、変な意味で安心出来る。
無理に参加したくない人を巻き込むなんて愚行は、ガキがやることだ。

僕は危ないから、という理由だけで、こういうメタルのライブにおける文化を消したくはない。
時代を経るごとに、ライブにおける盛り上がり方ってのは変わっていくと思うんだけど、
こういった危険と不穏を感じさせるような、
そんな文化は残っていってほしいなと思っている人間の一人である。


(セットリスト) 2012.02.22 Shibuya O-East
Desolation
Ghost Walking
Walk With Me in Hell
Set to Fail
Now You've Got Something to Die For
Ruin
Hourglass
The Undertow
Descending
Contractor
The Number Six
Laid to Rest

In Your Words
Redneck
Black Label


B000EQ47MMNew American Gospel (Reis) (Rpkg)
Lamb Of God
Prosthetic Records 2006-04-04

by G-Tools



Lamb of God 「Black Label」 Download Festival 2007
とりあえずステージ前方の状況はヤバいです…。シラフじゃとても入っていけない…。



このウォールオブデスは綺麗に決まってますね。



こっちは色んなライブの編集版です。うーん、怖いなあ。

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

銀杏BOYZ 「なんとなく僕たちは大人になるんだ」

先日、友人の結婚式があり、僕が大学時代を過ごした札幌の街に帰っていた。


僕は北海道の東部、いわゆる道東で生まれ、8歳の頃まで育った。
そのときの記憶はもはや断片的でしかない。
よく一緒に遊んでいた友人の名前も思い出せないくらい。

自分の両親は典型的な宗教観を持つ日本人であり、緩やかな仏教信者といえる家庭であったが、
家に近いという理由で、カトリックの幼稚園に通っていたことの記憶はそこそこある。
ご飯食べる前にお祈りしたり、聖書の漫画を読んでいたりしたような。
善悪の観念を意識したという点で、案外これは自分の人生に影響を与えているかもしれない。

そして親の転勤で僕は茨城に引っ越すことになった。
そのことで両親が言い合いをして、険悪になっていたことを子供心に思い出す。
自分が生まれ育った街、そして友人との別れ。
もうすぐ起こるであろう事態に恐れを感じ、僕は泣きじゃくっていたことを思い出す。

今振り返ると、一番辛かったのは両親だったと思うんだけど。
何のゆかりもない土地に引っ越して、暮らそうっていうんだから。

そんなこんなで僕は茨城に引っ越した。
今まで経験したことの無い猛烈な暑さが、僕達家族を歓迎した。
引越し先での初日、近所にあった食堂で、大して美味しくない冷やし中華を、
家族四人、黙って食べていたのを思い出す。

とはいえ、引越し先では新しい出会いもあり、
近所の同世代の子供達の輪に、僕はすんなりと溶け込むことが出来た。
あの頃の子供って、ほんと開放的だったし。毎日みんなで外で遊んでた。

自分が引っ越した先は社宅だったこともあり、
両親もすぐに近所の人達に受け入れてもらえていたみたいで、
家族同士でうちでご飯食べたりと、結構賑やかなことが多かったと思う。

そんなこんなで僕はすくすくと育った。
中学校時代にどこの子供もやるような悪いこともやったけど、
自分は明らかに健全に育った。自分でいうのも何だが、明らかに純粋だった。

小学校、中学校と、うちの学区はメンツが全く変わらなかったこともあり、
勉強出来る奴、喧嘩強い奴、笑いを取れる奴、
色んな人間はいたけれども、総じてみんな仲が良かった。

小中学校の友人は今でも集まること多いんだけど、今でも継続している連帯感って、
やっぱり同級生に恵まれていたという賜物であると実感する。
30過ぎても地元の友人とブラフマンのライブ行ってるなんて、当時は想像もつかなかった。

自分にとって、一つ目の転機は高校時代だったと思う。
正直、僕は高校時代、つまらなかった。今でも一緒に飲む友人って、一人もいない。

僕は進学校に通うことになったんだけど、なんか異質がなく、同質な感じに違和感があった。
別に友人がいなかった訳ではなくて、それなりに楽しくは過ごしていたんだけど、
なんか心から笑い合えるような、そんな関係を作れた友人がいなかった。
部活は何だかんだで3年生の春までやってたけど、自分の力不足もありパッとしなかったし。

何か周りに合わせて生活していた。
本当の自分はこんなんじゃないって感じながら、自分は生活していた。

でも当時のクラスメートの影響でギターをやり始めたのは自分にとって大きかった。
高校の学園祭でバンドをやっている友人を見て、自分もやってみたいと思った。
当時メタル聴いてて、音楽はかなり興味出てきた頃だったし。

初めて肉体労働のアルバイトというものを経験し、ギターを買った。
GibsonのパクリのMaisonという、入門者向けのレスポールだった。
それでも当時の自分からしたら高い買い物だった。アンプも一緒に買って。
友人とスタジオ入って遊んだりしていたものの、結局当時バンドってやつは出来なかった訳だけど。

閉塞的な高校時代の中で、段々と僕は大学生活というものに想いを馳せるようになった。
大学に行けば、きっとこんな閉じた息苦しい空間を抜け出して、
もっと自由で、もっと自分のやりたいと思うことが出来る、そう思うようになった。

大学でやりたいことってのは特になかった。
でも僕が生まれ育った北海道という土地に帰りたい。
そんな気持ちが大きく、志望する大学を決めるのに時間はかからなかった。

当時数学と化学の成績が良かったから、とりあえず理系の学部に行こう。
学術的ではなく、実践的な学問の方が、就職の潰しは効くだろう。
そんな適当な気持ちで、志望学部も決めた。

ダメな学生の典型なんだけど、でも目標が決まった人間のやる気ってのはバカに出来ないもので、
明らかに自分の「学力」、今振り返れば取り立ててなんの意味もない能力なんだけど、
とはいえ僕の「学力」は明らかに向上した。

閉塞した人間が開放を求めるときの力は凄い。自分は身を持ってそれを体感した。
失礼な言い方になるけど、予備校生なんて絶対になりたくなかった。

そして僕は受験を経て、札幌の大学に通うことになった。

閉塞感を感じていた高校時代だけど、それなりに卒業したときの友人との別れは寂しかったし、
何より今まで一緒に住んでいた親との別れは辛かった。
当時の自分はそんな寂しさを表に出すことはかっこ悪いと思っていたから、
冷静を装ってはいたけれども、きっと親には伝わっていたのかもしれない。

特に口が上手い方ではない父親とは、会話の回数が減った。
お互いがお互いを、きっと意識していた。
大学に受かってから1ヶ月はまるまる休みだったんだけど、あのときの記憶があまりない。

何か特別なことをしようって気持ちが、きっと照れ臭かったんだろうと思う。
極めて平穏に、日常は過ぎていった。

いよいよ実家を出るときがやってきた。

玄関まで家族三人が見送りに来てくれた。今振り返っても、涙が出そうになる。
僕はそのとき以来、実家の人間ではなくなった。
家族ではあるけれども、普段はそこにはいない「客人」となった。

18歳という時期にこの経験が出来たのは大きかったかな。
自分一人。決して一人ではないけれども、一人で生きていく。
その事実を実感した。自分が大人に近づいた瞬間だったと思う。

その後は地元に残る中学校時代の友人達が僕を駅まで見送ってくれた。
よくテレビで見るような光景。
電車の扉が閉まり、駅のホームで友人達が走りながら手を振っている。

あまり泣く経験がなかった自分だけど、このときの僕、泣いていたと思う。
自分は親も友人も捨てて、遠くの土地に行く。そのことを実感していた。


そんな過去を背負って降り立った札幌の土地。
そこでは本当に色々なことがあった。
多くの人達と出会い、酒飲んで、本当に心から毎日笑っていた。
悩み苦しんでいるときも、札幌の土地の何かが、僕を癒してくれた。

札幌に久しぶりに行って、昔の思い出の場所を巡っていて、
そして昔大学時代を一緒に過ごした友人達と酒を飲んで、騒いで、
昔の楽しかった思い出が蘇ってくるようだったけど、
最後に一人になって、札幌から空港に向かう電車に乗って、
蘇ってきたのは札幌に来るまでの自分の人生そのものだった。

就職が決まって、札幌を最後に出たときにも同じ電車に乗った。
あのときも、きっと同じことを考えていた。
札幌時代の思い出と共に、札幌に来るまでの自分の思い出を。


自分の人生なんて、きっとちっぽけなものである。
でも自分が背負ってきたものに対する重みを、僕はいつでも忘れずに感じている。
僕は今、ちっぽけであっても、社会に対して何かを出来る立場にいる。

何でもいいから、自分が生きた証を刻み付けたい。
そしてこれまで僕が世話になった人達、社会に対して、僕は恩返しがしたい。

僕が今生きる目的は、それである。


札幌からの帰りの電車の中、僕はこの曲を聴いていた。
札幌を出るときに先輩が僕を駅まで送ってくれたんだけど、
そのときに車の中でかけてくれた曲だった。
偶然にもお互いこのアルバムに衝撃を受けて、短い間だったけどよく語り合っていたもんだった。

この曲を聴くと、いつもあのときの記憶と、それまでの記憶とが蘇ってくる。


たいしてうまくもない行きつけのラーメン屋で
ぼんやりナイター中継を眺めていると
僕と同い年ぐらいの男が入ってきて
僕より先にたいらげてそそくさと帰っていった
 
どうしてみんなそんなに急ぐんだい
どうしてみんなそんなに急ぐんだい
 
ああ 僕の ラーメンくさい
溜息は 冬の夜空に消えていった


B0006TPGTUDOOR
銀杏BOYZ
UK.PROJECT 2005-01-15

by G-Tools



銀杏BOYZ 「なんとなく僕たちは大人になるんだ」

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

eastern youth 「踵鳴る」

ここ1ヶ月、家で寝たのとホテルで寝たのと半々くらいだったと思う。
家で寝るにせよ平日は仕事で遅いし、土日も何だかんだ酒飲んだり何だりで、
殆ど家にいなかった。

という訳で、ブログの更新が滞るのは必然であった。
習慣というものは、一度習慣でなくなると、元に戻すのに時間がかかる。
そんな感じの日々であった。せっかくライブ行ったのに、
レポ書けていないのは本当に勿体無いと思う。


自分は元々研究開発部署の人間であったが、開発していた技術を
見切り発車的ではあるが、事業化していこうという後押しもあり、
実際の開発に携わっていた僕が、二年前、事業部の設計部署に異動することになった。

そこからの日々は、怒涛であった。

僕の開発品以外にも別製品の立ち上げや既存製品の設計変更などを任され、
初めて肉体的、精神的なオーバーフローというものを経験した。
とにかく、やることが多すぎる。風呂のように、お湯を抜いても、常に新しいお湯が入ってくる。

更に、自分の開発品は、世の中として、誰もやったことのないことだった。
市販の装置を買ってきて、それで作れるというものではない。
研究室レベルで出来ていたことを、どんな装置を組み上げて、産業として成立させるのか。

自分自身の経験が浅いこともあり、多くの人間が抱いていた不安を払拭させることは出来ないまま、
製造ラインの検討がスタートした。製造装置の一部は「自作」することになった。

大方の予想通り、うまくいかない。想定していなかった問題が次から次へと噴出する。
怒号が響き渡ったのは一度や二度のレベルではない。
当初立てていたスケジュールから、あっという間に半年の遅れが生じていた。

僕は自分の開発品を、何としてでも世の中に出したかった。
自分の開発品については、これが実現できれば他社には負けないと、絶対の自信があった。

でもその自分のこだわりが、周りの人間を不幸にさせているのではないかという葛藤も生じた。
もっときっと楽な道はあったはずだって。一番にはなれなくても、二番にはなれるかもしれない。
そんな後追いの道もあったはずだった。

実際に、僕が信頼していた方の一人が、無茶をしすぎて、調子を崩した。
今は笑い話になっているものの、当時の現場は、相当に騒然としていたらしい。

僕は管理者ではないので、責任者ではない。でも明らかに自分は船頭であると自覚するようになった。
自分のこだわりが、周りを動かしてしまった。一度漕ぎ始めたオールを、放棄する訳にはいかない。
当初は感じていなかった責任感を、いつの間にか自分は勝手に背負うようになっていた。

当時、誰にもこぼしたことはなかったけど、正直辛かった。
プレッシャーで寝れなくなって、夜中に一人で車出して現実逃避に走ったことも多かった。
酒飲む回数が減った反動か、飲んだときにはへヴィにとことん溺れることも多かったと思う。


でもまあ青春ドラマみたいな展開ってのはよくある話で、
なんだかんだで苦楽を共にした人間同士の結束力ってのは、結果として大きな推進力を生んだ。
夜中遅くまで工場の現場で仕事して、一緒に飯食って、飲みに行ってと。

極めて昭和的な価値観ではあるかもしれないけど、苦労を共有し、
酒を介して互いの人間性をさらけ出し合うことが、お互いの理解を生んだ。
年齢も役職も役割も違う人間同士が、それぞれの「立場」を超えて相手を理解し、
それが逆に自分の立場と、あるべき自分の役割を自覚させることになった。

精神論だけではものづくりは出来ない。
しかし、お互いが自分の役割をきっかりとこなし、
時にはその立場を超えて仕事に取り組むことにより、明らかに進捗は以前と比べて早くなっていた。
自分の縄張りだけではなく、相手の縄張りにも入って、お互いに意見を述べ合うようになった。

段々と自分の考えが変わっていくのを感じた。
自分の開発品は周りを不幸にはさせていない。周りの人間に、活気を与えている。
少人数ではあったが、過去に体験した体育会系の部活のような熱さが、
無理なく自然と生まれてきているのを感じた。

大変だけど、新しいものを作ることは面白い。
それが僕の中で生まれてきた実感だった。きっと「少人数」の中にもそれは共有されていた。

ここ一年の間で、何もなかった空間に、新しい製造ラインが生まれた。
僕はそこに行く度に、昔の苦労が蘇り、何ともいえない懐かしい気分になる。
まだ「量産品」としては市場に出ていないが、あと少しすれば、ここで生産が始まり、
新しい価値が、きっとこの工場のラインから世に出て行くことになる。

ま、実はまだまだ課題はあって、やらなくてはいけないこといっぱいあるんだけど。


先日人事が出て、僕は設計部署から、また研究開発部署に戻ることになった。
しかも、今まで自分がやってきたこととは違う、全く新しい分野の開発である。
正直自分がやりたいと思ったことがなかった分野だ。完全に不意打ちであった。

自分の仕事内容が変わることについては気持ちを切り替えれば良い。
きっと時間が解決してくれる。
でも、工場という現場との関わりが薄れてしまうことに対して、僕は寂しさを感じている。

設計、開発の人間はあるタイミングで工場に対して離れなくてはいけない。
新しいものを生み出す新陳代謝の中で、それは必然的なことである。
でも僕にとって、それは初めての体験である。今はその点に対してまだ割りきることが出来ない。

見捨てるわけじゃないけど、自分のせいじゃないけど、
僕はこれから現場で起こるであろう苦労から、背を向けようとしているのではないか。
そんな葛藤を感じている。

これからのことについて、僕は上司と相談しなくてはいけない。
でも、まず行かなくてはいけないのは現場だ。
元々予定していたことだけど、今日から僕は電車に乗って、また工場に出張する。

僕が今の部署にいる間にやるべきことを、まずは精一杯やらなくてはいけない。


日本でのものづくりは、きっと昔の規模では維持できないと思う。
日本のメーカーであっても、海外での生産を選択する機会は増加するはず。
海外メーカーとの価格競争において、日本生産におけるコスト面でのハンデの大きさは如実である。

でも、日本におけるものづくりの強みはきっとある。
泥臭く、根気良く、しつこく、困難に向き合いながら、新しい価値を生み出すこと。
スマートなものづくりは海外に任せておけば良い。
僕は日本的な粘り強さが無ければ生めない技術、製品ってものがきっとあると信じている。

大手半導体メーカーすら破綻してしまう現状。
少なくとも僕らの世代の人間は、日本のものづくりについて考えを巡らせて行動に移していかなければ、
きっと日本で作るものはなくなる。

製造業は今でもきっと日本を支えている。
そのプライドを、決して引っ込めるようなことはしたくない。


行けば帰らざる雲が行けば
俺は口笛を吹きまくるさ

解答は知らない
教典はいらない
歩く踵がそれを知るだろう
朝の地鳴りが告げるだろう


B00005LCRM感受性応答セヨ
eastern youth
トイズファクトリー 2001-08-08

by G-Tools



eastern youth 「踵鳴る」
10年前のライブ動画だけど、先日見に行ったライブの熱さは、何も変わっていなかった。
学生時代とか、入社当初とか、熱かった頃の気持ちは、決していつまでも失ってはいけない訳です。
このバンドは本当にそういうことを考えさせてくれます。

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

プロフィール

捕鯨船団

Author:捕鯨船団
1979年生まれ。
東京都町田市在住。
電子部品の技術開発に従事。

30超えにも関わらず、
楽器をドラムに替え、
学生時代以来のバンドを始めた
今日この頃。

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