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サニーデイ・サービス 「忘れてしまおう」

ダメな一日の見本。


技術者の仕事の一つとして特許出願というものがある。
特許法の第1条から抜粋。

この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより発明を奨励し、
もつて産業の発達に寄与することを目的とする。

僕ら技術者は産業の発達に寄与するために、特許を出願するわけだけど、
正直な話、今は各社が何でもかんでも出願するから産業発展の観点から見れば、
害はかなりあるような気がしている。

どこの会社でも技術者には特許出願のノルマがあって、
ぶっちゃけ質の伴わない特許も会社目標の数合わせとして出願されているような印象。

いつかこの話もちゃんと書いてみたいんだけど、それはまた別の機会にやるとして、
このような背景があって、とりあえず僕も出願のノルマがあるんで、
その資料作りを、今日家でやろうと思っていた。


そんで、全然やる気が起きずに、今に至る。
今日やったこと。

・起きる
・ドバイの競馬で日本馬が勝っていることに驚き、ネットで情報収集
・飯作って食べる
・ネットで昔のプロレス動画見まくる
・眠くなったので、寝る
・起きる
・洗濯する
・ネットで色々なサイト訪問する(マジで中身覚えてない)
・風呂場洗って、風呂入る
・飯作って食べる
・今

人間として最低限の営みとネットしかやってない。終わってる。
少しは生産的なことやろうと、とりあえずブログの更新をやろうと思い、今に至る。


昨日書いた記事とリンクするけど、自分の青春時代に出会えて良かったと思えるミュージシャンに、
サニーデイ・サービスがいる。

僕は高校の頃に友達から借りた『愛と笑いの夜』というアルバムに非常に思い入れがある。
初めて聴いたときはとにかく衝撃だった。
高校の頃はとにかく激しい音楽を好んで聴いていたんだけど、サニーデイははっきり言って
「ダルい」部類の音楽になるから、自分でもここまで気に入るのは不思議だった。

実はその前後の『東京』『サニーデイ・サービス』も一緒に貸してくれたんだけど、
僕が気に入ったのはなぜか『愛と笑いの夜』だけだった。
今でもそれらのアルバムは聴くけど、『愛と笑いの夜』が一番ということは変わっていない。

理由はよく分からないけど、『東京』『サニーデイ・サービス』は、
サニーデイ色が濃すぎるんだと思う。
恐らく『愛と笑いの夜』はサニーデイにとって異色な作品で、だから僕でも気に入ったのかなーと。
あんまし異色って印象は受けんけどなぁ…。やっぱり分からない。

でもとにかくこのアルバム、はっきり言って全曲が名曲だと思う。
ここまで完成度の高い邦楽のロックアルバムって、正直あまり思い浮かばない。
別に演奏力が高いわけではないし、狂気じみたテンションがあるわけではない。
ただ、とにかくいい曲を作って、いい演奏をしている。ただそれだけである。

とにかく一曲目の「忘れてしまおう」が超名曲。
この曲の歌詞には何回救われたかは分からない。
著作権云々のことを考えたら歌詞は抜粋にすべきなんだけど、
この曲の歌詞は全文載せるべきだと思うんで、載せてしまう。


胸元を締めつける 重たくて熱いかたまりが
きみのこと思い出せ思い出せとうるさいんだ
ぼくはただ歩きつかれ ひび割れた真っすぐな道で
引きずった足休め 煙草をくわえ火を点けた

すると空に大きな黒雲が肩をいからせて
突然の大粒の雨がぼくを襲うよ
ここがどこかなんて 忘れてしまおう

ひとり飲むコーヒーは終わったばかりの恋の味
窓際にきみの写真 悲しみに暮れる日曜日
ぼくはただふらふらと だれも知らない海辺まで
風景と静けさの中 水平線を眺めてた

すると海に真赤な太陽がザブンと飛び込んで
突然の冷たい水しぶきが目を覚まさせる
ここがどこかなんて 忘れてしまおう

夕立ちが黒くアスファルト濡らす
この道がどこへ行くかなんて忘れてしまおう
忘れてしまおう

すると空に大きな黒雲が肩をいからせて
突然の大粒の雨がぼくを襲うよ
すると海に真赤な太陽がザブンと飛び込んで
突然の冷たい水しぶきが目を覚まさせる
ここがどこかなんて 忘れてしまおう


とにかく切ない失恋の曲。
「ひとり飲むコーヒーは終わったばかりの恋の味」なんて、本当に素晴らしいフレーズだと思う。
何でこんな歌詞を書けてしまうのか本当に不思議。曽我部恵一って天才だと思う、ほんとに。
ライブだと本当に暑苦しい小太りのおっさんなんだけど。

なんか、こう、この曲って自分の境遇を重ねやすいわけで。
自分もそれなりに失恋した経験はあって、
「胸元を締めつける重たくて熱いかたまり」と格闘する日々もあった。

そんなときに、僕はこの曲を聴いて「ここがどこかなんて忘れてしまおう」と思って、
日常生活にまた戻っていく訳である。
その度、自分ってあまりにも単純で、やっぱ欠陥品なんじゃねーかって思う訳なんだけど。

メロディも歌声も素晴らしい。アコギのカッティングも素晴らしい。
自分の人生において、決して切り離すことは出来ないだろう曲。


シングルカットされた「白い恋人」「サマー・ソルジャー」は当然のように素晴らしいし、
「96粒の涙」「雨の土曜日」「海岸行き」は特に好き。
自分が泣き上戸だったら思わず泣いてしまいそうな切ない歌詞とメロディに彩られた名曲の嵐。
アルバムを通して全く飽きを感じさせずに一気に聴かせてしまう。

『愛と笑いの夜』。僕はやっぱり日本のロック史に残る名盤だと思う。
この作品に高校時代に出会えたことは、僕の人生にとって幸せな出来事だった。

○○君、ありがとう。正直、名前も思い出せないや…。向こうもそうなんだろうけど、ごめんね。
今どこにいて何をしているんだろうなぁ。
彼とはよくUKロックについてよく語り合ったもんだ。


さて、仕事するか。
その前に外に出て散歩しよう。

この道がどこへ行くかなんて忘れてしまおう


B00005FE0K愛と笑いの夜
サニーデイ・サービス
ミディ 1997-01-15

by G-Tools



サニーデイ・サービス 「忘れてしまおう」
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テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

Going Steady 「童貞ソー・ヤング」

何だかんだ子供の頃から、僕はずっと本が好きだった。
一番よく読んでいたのはやっぱりとにかく時間が有り余っていた大学生の頃。
その頃は、大学の講義の教科書よりも、小説や哲学の入門書ばっか読んでた。

自分、理系人間なんだけど、興味ははっきりと文系の学問にあることを当時は自覚していた。
一時期は本気で転部や自主退学を考えていたくらいに。

月日が経って社会人になって、何だかんだで僕の興味は別の分野にシフトしてきて、
政治、経済を取り扱った新書を買って読むことが増えたので、
小説は時々読んではいたけど、頻度は格段に落ちた。

でも小説をあまり読まなくなった理由ってのはやっぱりあって、
どうしても自分が求める小説というか、自分の感性に合っているような作家に
出会えなかったというのが大きい。

正確にいうと、現代を共に生きる作家という意味で。

太宰治、堀辰雄、夏目漱石、芥川龍之介、川端康成。
全部の著作を読んでいる訳ではないけど、僕はここら辺の作家がとても好きで、
結局色々と読み漁っていても、これら昔の文豪の方々の文章の方が、
自分にとって感銘を受けることが多くて、何か読もうと思うと、ここら辺の作家に帰ってきてしまう。

伊坂幸太郎、東野圭吾、石田衣良、宮部みゆき、石田衣良、舞城王太郎など、
現代の人気作家の小説ってやっぱり面白いんだけど、
やっぱなんかこう、自分の感性とちょっと違うというか、
胸の奥底をえぐられるような、読後の衝撃というのが、あまり感じられない。僕の場合。

ただ、例外的に村上春樹は凄いと思った。悔しいけど。
作家とは何も関係ないんだけど、経験的に周りで村上春樹好きな人間は、
どうも僕と合わない人が多かったので、
そこらへんが残念なことに、作品にどっぷりと浸かれない要因になっていたり。

そんな日々の中、今週立ち寄った本屋でたまたま出会った本があった。
入間人間の『バカが全裸でやってくる』。

4048688197バカが全裸でやってくる (メディアワークス文庫)
入間 人間
アスキーメディアワークス 2010-08-25

by G-Tools


後から調べてみたら、この人かなり売れている作家みたいだけど、僕は知らなかった。
タイトルと本裏に書いてあるあらすじを読んで、これは面白そうだと思って、購入。

明日のためにもう寝なくてはいけないと思いながらも、とにかく面白くて、
結局夜遅くまで起き続けて、勢いで読み終えてしまった。
更に読後にもう一度サラッと読み直しまでしてしまうくらい。

各章の登場人物の設定がとても魅力的。壊れすぎない程度に、自由。
よくありがちな手法ではあるけど、
一見バラバラな物語が実は繋がっていることを明らかになっていく展開に惹かれ、
僕はこの物語の世界観にどっぷり浸かってしまった。

小説と全裸。一見関係のないキーワードが結びついて、
自分の人生と夢、そして才能という、人間にとって普遍的な課題について、
自分を各登場人物に投影させた上で考えさせられてしまうような、切ないトーンの物語。

あっさりしているけど、変幻自在の言葉紡ぎが、その切なさをよく引き立てている。
3章なんて小説という手法でしか描けない世界。凄く引き込まれた。

僕みたいな人間が作品を中途半端に語ることが作品の価値を上げるなんてとても思えないので、
そんなことはやらないんだけど、
ここまで長々と自分と小説との立ち位置について書きながら作品を持ち上げていること自体に、
何かしらの意味はあるだろう、そう思ってここまで書いてみた。


僕が居酒屋の入り口になんの経緯もなく注目した直後。
居酒屋の扉が力強く蹴り倒される音と、芯の一本通った伸びのある悲鳴が響き渡る。
事件と不安と絶望と、ほんのちょっとの好奇心をくすぐる非日常の音。
そして日常を覆う肌色が押し寄せる。

『そいつ』は、
『僕の前』に、
『全裸』でやってきた。


これ、ほんとにいい文章だと思う。

人間は服を着る。自分の何かを守るために、自分の何かを隠すために。
日本で生きていくためには、そうしなければいけない。本当は望んでいないのかもしれないのに。
僕はこれまでの人生で、どれだけの人の前で裸になれたんだろうか。


入間人間って自分より全然若いんだけど、かなり僕の心を掴んでいる。
ようやく同時代を生きる人間で、自分の感性を共有できる作家を見つけられたという感覚がある。
すごく嬉しい出会い。

どうも『バカが全裸でやってくる』は入間作品の中でも、イマイチと評価する人も多いみたいで、
だったら尚更他の作品はもっとすげーのかよって期待感はある。
一方で、他の作品はあまり好きになれないって危険性もとても高いんだけど…。

ま、これからポツポツと本を買って読み進めていこうと思う。


文学や音楽に限らず、人間の歴史の中で育まれてきた多くの芸術は伊達ではなくて、
はっきりいって現代の人間は創作活動なんかしなくても、
先人達の残してくれた作品に向き合っているだけで、はっきり言ってお腹いっぱいになれると思う。

でも、現在に生きる我々は、現代に生きる創作と言うものを渇望しているのもまた人間の事実。

何だろう、やっぱり同時代を生きる人間が生み出したものを、
同時代で共有したいって思うのが、人間の性質だからなのかな。よく分からない。
時代を超えた名作、であっても、
同時代を生き抜く人間同士だからこそ感じられる感受性があるのは事実だと思う。

自分が生きているこの時間の中で、よく分からないけど何かが変わるかもしれない、
何かを変えられるのかもしれない、新しい価値観が生まれるのかもしれない。
そんな瞬間に立ち会いたくて、人間は創作活動をし、創作品を求めるのかもしれない。

いずれにせよ、自分の価値観や感性、生き様を投影させることが出来るような、
そんな創作家との出会いは幸せなことであると思う。
創作家にとっても、その作品を共有出来る人間がいてくれてこその、創作である訳だし。
例えそれが1%の人間であっても。


僕にとって、同時期に生きていてくれて良かったと思えるミュージシャンがいる。
特に銀杏BOYZと野狐禅と、昔のバックホーン。
歳もかなり近いし、文字通り、同じ時代を生き抜いてきた人間達。

自分なんかよりよっぽど凄い生き方をしていて、羨望の気持ちはあるけれども、
決して嫉妬の気持ちは無い。あまりにも彼らと僕は、違いすぎると思うから。
自分を卑下するわけではなくて、各々に与えられた使命を果たすための道は、
各人に与えられている。そう思うから。

少し錆付いた僕のアンテナの感度をまた上げて、新しい世界を見なければいけない。
そう思った今週の出来事。


B000066O1V童貞ソー・ヤング
ミネタカズノブ GOING STEADY
UK.PROJECT 2002-06-12

by G-Tools



Going Steady 「童貞ソー・ヤング」
この曲を初めて聴いたときは衝撃だった。こんなこと歌うバンドが出てくるなんてって。
ちょうど僕が研究室に配属された頃に出た曲で、本当によく聴いていた。
この曲を聴くと、今でもあの頃のことを、思い出すことが出来る。

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

bedside yoshino 「ナニクソ節」

昨日の夜、新宿に行ったんだけど、土曜の夜にしては人は少なかったにせよ、
それなりに人が集まっていた。

僕の近所のスーパーの棚にも米こそ置いてはいないけど、
カップラーメンやパスタや蕎麦のような乾麺、パン類、そしてトイレットペーパーは普通に置いてあるし、
コンビニも空の棚はなくなって、パンや弁当も普通に売っている。
飲食店も看板の明かりは付いていなくても、普通に営業している。

少なくとも土日に関しては、各方面の節電のおかげで、停電することはなさそうだし、
全く不便を感じることはない。

問題は平日なんだけど、通勤に関しては、停電の影響を受けて電車が止まっている区間はあるにせよ、
全部の路線が止まることはなくなったから、
通勤に時間がかかったり、異常な混雑電車に乗る羽目にはなったけど、
会社の行き帰りは出来るようになった。

平日の停電に関しては、もう心の準備は出来ているし、なったらもう仕方ないくらいの境地。

何だかんだ今の生活には、慣れた。
街を歩いていて、寧ろ照明がギラギラ付いていると違和感を感じるようになった。
この期に及んで節電を心がけない店からは、絶対にモノは買わないし、サービスなんか受けない。

少なくとも東京では日常というものが戻ってきているように思える。


一方で、まだ今回の震災は決して終わってはいない。

行方不明者の捜索は今でも続いているし、死者行方不明者の数なんて
日に日に増えていて目まいがするくらいである。
被災地への支援物資の支給も輸送が困難な地域では滞っているみたいだし、
地震や津波に続いて、新たな困難に立ち会っていることは間違いない。

福島原発の件に関しても、方向感が見えてきたことは間違いないけど、
決して事態が収拾したわけではないし、危険な状態にあることは変わりない。

余震はまだ続いているし、震災は今でも続いていることは間違いない。


震災は現在進行中なのに対して、自分は日常に戻りつつある。
後ろめたい気持ちはあるけど、でもそれは仕方ない。割り切るしかない。

各人が大事だと思う人が困難にぶつかっているとき、
その人が立ち上がることに対する手助けは絶対に出来るし、やるべきなんだけど、
各人の日常をずっと止めている訳にはいかないと思う。
それぞれの人間は、それぞれの使命に基づいて日常に帰り、生きるべきだと思う。


日常が戻りつつある現在、直接生きるために必要の無いものに対して、
どうあるべきか、様々な議論があるように思う。

こんな状況の中で、テレビ局はバラエティ番組なんてやっている場合なのか、
パチンコ屋は電気を垂れ流して営業をしている場合なのか、、
居酒屋で酒飲んで、カラオケ行って騒いでいる場合なのか、
野球なんてやっている場合なのか、そしてライブなんてやっている場合なのか、と。

僕はこの問いに関して、これらの娯楽(一括りで申し訳ないが…)を享受するのも、自粛するのも、
どちらが正しいなんて、とても答えが出せるとは思えない。

自分でこんなこと書くの嫌になるんだけど、
自分の本音として、やっぱり自分の人生、ただ生きるだけじゃつまらない。
家にこもっているんじゃなくて、外に出て色んなことをしたいと思う。

聖人でもなければ、絶対これ、多くの人の本音だと思う。
被災地の方々に対して、何て失礼な考えなんだろうと思うけど。

結局多くの人は被災地のことを思う気持ちと、自分の欲求とのせめぎ合いに折り合いを付けて、
徐々に娯楽を享受する心理的な余裕を得て、本当の日常に帰っていくんだと思う。
その本当の日常に帰るタイミングについて、はっきり言って、各個人の感情の問題であるから、
人によって絶対に意見が異なるはず。

だから僕はこの件については、簡単に白黒つけられる話じゃないし、
一概に娯楽を享受している人を責めようなんて、一切思わない。

ただ、空気を読むことだけは大事だと思う。
極めて日本人的な発想だけど、日本全体が復興に対して一丸にならなくてはいけない時期に、
冷や水を浴びせるような行動や言動は慎むべきだし、僕も慎みたいと思う。

こんな記事を読むと、そんなことを考える。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110316-00000005-jct-soci


あと一応書いとくと、計画停電が続く中で、
電力を食うようなイベントは自粛すべきって意見は正論だし、その通りだと思う。
土日はまだいいにしても、電力使用量が最も多いと言われる夕方から夜にかけてのイベントは、
延期したり中止したりって対応は必要なんじゃないかって思う。

東京ドームで相当な電力使ってナイターやってる一方で、停電地域があるって、
やっぱ普通の人が怒るのは無理ないと思う。たぶんセリーグの人気は凋落の一途だろうな。


先日シンディ・ローパーが東京でライブをやった件について。

僕は正直、時期尚早だと思った。
まだ東京は不安と混乱が残っていたし、東京の日常は、決して戻ってはいないと思ったから。
でも、彼女は強い思いでライブを決行した。

でも彼女のコメントを読んで、僕は彼女が間違ったことをしているなんて、全く思わなかった。
彼女なりの決断を、僕は決して否定しない。
http://ro69.jp/news/detail/49070

東京で仮にライブをやったにしても、決して被災者の人達の助けにはならない。
被災者の方々の耳に入ることはないし、生き死にの狭間にいる方々にとって、
今一番必要なのは決して音楽ではないと思うから。

でもシンディのメッセージを受け止めて、被災地の方々のことを想い、
そして日本の復興のために自分の為すべきことを見つめ直す人はきっといたと思う。
音楽にそういった力はきっとある。僕はそう確信している。
彼女が日本を応援する気持ちで強行したライブは、きっと日本の助けになる。


僕の好きなミュージシャン、eastern youthの吉野寿とZazen Boysの向井秀徳が、
それぞれネット上に彼らのメッセージを体現するかのような音楽をネット上に発表していた。

彼らの仕事は音楽。彼らがやるべきことは音楽であって、
そう考えたからこそ、このような形でこのタイミングで彼らの音楽を発表したんだと思う。

先にも書いたけど、彼らの音楽は被災地に直接届くことは無い。
でも、彼らの音楽を耳にした人間が、それぞれの取るべき行動を見つめ直し、結果的に復興の力となる。
僕はそんな音楽の力を信じたい。


そして僕は、日常を徐々に取り戻しながら、やるべきことをやるだけ。
自分だけ良ければいい、ではなくて、昔よりも周りを思いやる気持ちを心がけて。


bedside yoshino 「ナニクソ節」
吉野って歳を重ねるごとに、どんどんストレートな言葉選びをするようになっていると思う。
いい歳して何て青臭いこと言ってんだって笑う人もいるかもしれないけど、
僕はそんな彼の姿勢に胸打たれる一人なのであります。

この歌詞、すごくぐっときました。

俺達が今、立っているのは
そうだぜ!! 世界のド真ん中さ!!
膝が震えるのは 生きてる証さ!!
握り拳は闘いの決意さ!!




向井秀徳 「ふるさと」
あの「ふるさと」を向井なりのメロディに乗せた弾き語り曲。
向井ってこんな綺麗な歌い方出来るんだって、驚きだった。
彼のメッセージは、正にこの曲の中にあるんだと思います。

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

無題

本当はPCを付けているのもやめるべきなんだろうけど、
自分の今考えることは記録に残しておきたい。

部屋の電気は一箇所しかつけないし、エアコンと電子レンジはしばらく使わない。
だからPCの電源を付けることは許してください。
自分にそう言い聞かせて、今僕はPCの画面に向き合っている。

何だかんだで僕が直接的に知り合いにあたる被災地の方々については、今日の時点で安否は確認できた。
でも恐らく、知り合いの知り合い(友人の実家とか)を含めると、
恐らく被害に遭われた方がきっといると思う。

あと、僕の地元は茨城なんだけど、震災後は電気も水道も止まって、
大変な状況になっていたみたいだ。


正直、今回の震災って他人事とは思えなかった。
自分は安全な場所にいるくせに。凄く偽善的だと思うけど。

自分の知り合いが巻き込まれているって実感が無いと、自分の胸って痛まないんだってことに気付いた。
悲しいニュースなんて毎日のように世の中に溢れているし、
本来はその都度、胸を痛めるべきなんだろうけど。

僕は悲しいけど、そこまで出来た人間ではない。改めてそこを実感した。
でも、そんな出来た人間でなくても自分に出来ることって何だろうって思った。

被害に会った友人に対し、返事は無用とした上で、励ましのメールを送ること。
被害に遭われた方々に必要な物資を供給できるように、義援金を送ること。
電力不足の状況を前にして、不要な電気を使わないようにすること。

今すぐに僕が出来そうなのは、これらのことくらいだ。
でもやっぱり考え抜いた上に、僕が一番やるべきことはこれだと思った。

被災地の復興に対して役に立てるように、僕の今の仕事に対して今以上に真摯に向き合うこと。


自分が今開発している製品が世の中に出せれば、少なからず僕は社会に貢献できるはず、と思っている。
モノを作るためのエネルギーは必要になってしまうけど、
従来よりも機能としては同一であるにも関わらず、消費エネルギーの少ない最終製品が実現できる。

消費者が喜んでくれて、供給側もそれに見合った対価を得ることにより、
お金が循環して、仕入先にも得意先にもうちの会社にも、利益が出る。
利益が出れば、税金をより多く納めることが出来る。
結果的に税収が増えれば、日本の復興のための予算は増えるし、日本を元気にすることが出来る。

とても飛躍のある、限りなく理想的なシナリオであるけど、
でもこんな考えで自分は仕事をするんだって思わないと、なんかやり切れない。

会社のためではなくて、社会のために、日本のために仕事をする。
もっと壮大なスケールで語るならば、人類のために、仕事をする。

僕の想像だけど、奇跡的とも呼ばれる高度経済成長が、戦後に実現したのは、
「私」ではなく「公」のために身を捧げた方々の尽力と思えてならない。


昨日、菅総理がすごくいいことを言っていた。
以下、抜粋。

私は今回の地震、そして津波、そして原発の今の状況など、
戦後65年間経過した中で、ある意味で、この間で最も厳しい危機だと考えております。
果たして、この危機を私たち日本人が乗り越えていくことができるかどうか。
それが一人ひとり、すべての日本人に問われていると、このように思います。

私たち日本人は過去においても厳しい状況を乗り越えて、
今日の平和で繁栄した社会を作り上げてまいりました。
今回のこの大地震と津波に対しても、私は必ずや国民の皆さんが力をあわせることで、
この危機を乗り越えていくことができる。このように確信をいたしております。

どうか、お一人おひとり、そうした覚悟をもって、
そして、しっかりと家族、友人、地域の絆を深めながら、この危機を乗り越え、
そしてよりよい日本を改めて作り上げようではありませんか。

そのことを心から全国民の皆さんにお訴えをし、私の皆さんへのお願いとさせていただきます。
どうか、よろしくお願いします。


僕は総理のことは全然好きじゃないし、今回の政府の対応もベストであるとは思わない。
このときの会見でも序盤は相変わらずしょうもないこと言っているな、位に思っていた。

でも先に引用した言葉を、相変わらず頼りなさげにではあったけど、
総理は精一杯に国民に対して、真摯に訴えていると思った。
自分の言葉で、精一杯に語りかけていると思った。

そして僕は総理の言葉を胸に、自分が出来ることを、精一杯やらなければいけないと思った。


電車が止まったり、停電予告があったりと、
今日実は僕は会社に行けずに早くも腰を折られてしまった感はあるけど、
でも僕は今の気持ちを、今自分が抱く気持ちを、大事にしようと思った。

人間は絶対に忘れる生き物で、僕がこんなことを思っていても、
またすぐに頭の中からすっかり無くなってしまうときが来ると思う。

でも、今僕が考えていること、これは間違いなく現実である。
この瞬間を記録しておくことで、きっと自分はまた立ち返ることが出来る。

極めて私的な文章であるけど、自分のブログに今の自分の気持ちを残しておくことは有益だと思った。


福島の原発の件、僕は何にも出来なくて、ただ画面を見つめているだけだけど、
本当に願いでしかないんだけど、でもあの美しい土地が汚染される悲劇は、目にしたくない。

自分にとって、日本という土地の尊さを実感している。

決して偏屈なナショナリズムなんかではなくて、
ただ僕は先人の方々が築いてくれたこの土地に対して、感謝の気持ちを抱いているだけなんだと思う。

はっきり言って、この国にも救いようのないバカがいるっていうのを実感しているのも
昨日今日のことなんだけど、そんな奴らは放っておいて、
自分がやるべきことに真摯に向き合える人間でありたい。


正直、今は音楽のことに関しては語る気持ちにならないので、
更新は少し時間をおいてからになると思います。

NOFX 「Lori Meyers」

去年くらいからNOFXはよく聴いているんだけど、
なんだかんだで多くの人が言うように『Punk in Drublic』が一番好きなアルバム。

頭の「Linoleum」から超名曲で、そこらかもとにかく名曲のオンパレードなんだけど、
その中でも一番好きなのが「Lori Meyers」。
この曲が中盤から終盤にかけて配されているのが、このアルバムの凄いところ。
なんかこう一気にクライマックスに至るというか、凄く雰囲気のある曲で素晴らしい。

勿論バンドの演奏も曲もかっこいいんだけど、
僕がこの曲で惹かれるのは、ゲストで参加しているキム・シャタックのボーカル。

なんだか知らないけど、すごくこの人の歌声には心を掴まれる。
彼女のようなダミ声入ったボーカルって今まであまり聴いたことなかったし、
その点で新鮮ではあるんだけど、なんか、こう、好き。

好きってことに対して、僕自身で説明がつくことは多いんだけど、
なんかこの感覚に関しては、上手く言葉で説明できない。


実は今更ながら彼女ってどんな音楽活動してるのかなって調べたのが一昨日の夜中のことで、
そこで彼女はThe Muffsってバンドをやっていることを知って、
YouTubeで曲聴いてみたんだけど、めちゃめちゃ心を掴まれた曲があった。

胸にジーンとくるメロディと演奏、そしてキムのボーカル。
女性ボーカルのバンドって、今までそんなに聴いていなかったんだけど、
このバンドは今すごく自分の中で来ている。

早速今日町田のCD屋を四件回ったんだけど、僕がほしいアルバムは置いてなかった。
タワレコとレコファンとディスクユニオンとブックオフ。
全部合わせても一枚しか置いてなかった。

ま、とにかくネットでも何でも絶対に探して適切な値段で買う。
きっとこのバンドのこと、近いうちに書くことがあると思う。


ちなみに「Lori Meyers」で歌われている歌詞って、
なんかマニックスの「Little Baby Nothing」と被る気がした。
置かれている立場は違うけど、どちらも身体を売る女性と、それを見つめる男の視線を歌った曲。
女性の気持ちはゲストの女ボーカルが代弁しているところも一緒。

結局は自分の人生だから、自分が好きなように生きれば良いというのも真実。
でも自分にとって大事な人間であれば、進むべき道を変えてあげたいと思うのも真実。
真実同士に答えは無く、真実同士は重なることなく、また互いの真実は別々の方向に向かっていく。

何気に悲しい人間社会の真実を突いた名曲だと思っています。


全然関係ないけど、最近仕事のせいで、自分のことしか見れなくなっていたけど、
その間に周りの人達のことに気を配ることを疎かにしてしまっていたみたいです。
今からでも遅くないので、今日からもっと周りを思いやれる人間であることを
心がけようと考えております。


Lori Meyers used to live upstairs
Our parents had been friends for years
Almost every afternoon we'd play forbidden games
At nine years old there's no such thing as shame

ロリー・メイヤーズは上の階に住んでいて
俺達は両親は長い間友人同士だった
毎晩のように俺達は禁じられた遊びをしていたんだ
9歳の頃 恥じらいなんてものはなかった

It wasn't recognition of her face,
what brought me back was a familiar mark
As it flashed across the screen
I bought some magazines, some video tape scenes
Incriminating acts, I felt that I could save her

彼女の顔に面影はなかった
俺の気持ちを呼び起こしたのは なじみのある痕跡だったんだ
スクリーンを横切るときに見えたんだ
幾つかの雑誌とビデオテープを買った
有罪行為 俺は彼女を救ってやりたいと思った

"Who are you to tell me how to live my life?
You think I sell my body; I merely sell my time.
I ain't no Cinderella, I ain't waitin' for no prince
To save me in fact until just now I was doin' just fine
And on and on

私の人生 誰が私にどう生きるべきかなんて言えるというの?
自分の身体を売ってるって思うのかもしれない でも私は自分の時間を売ってるだけ
私はシンデレラなんかじゃない 王子様なんて求めてもいない
私を助けたいなんて言うけど 今まで私がしてきたことはいい感じだったし
これからもそんな日々が続いていくの

I know what degradation feels like
I felt it on the floor at the factory
where I worked long before I took control now I answer to me
With 50K I'll make this year will go anywhere I please
Where's the problem?"

堕ちていく気分がどのような感じかってことがわかる
かつて長い間働いていた床の上で 私は感じたの
自分自身を制御したの 今私は答えられる
今年に稼いだ5万ドルと一緒に 私は喜んでどこにでもいくの
どこに問題があるっていうの?

B000001IPSPunk in Drublic
Nofx
Epitaph / Ada 1995-06-21

by G-Tools



NOFX 「Lori Meyers」

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

プロフィール

捕鯨船団

Author:捕鯨船団
1979年生まれ。
東京都町田市在住。
電子部品の技術開発に従事。

30超えにも関わらず、
楽器をドラムに替え、
学生時代以来のバンドを始めた
今日この頃。

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