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KISS 「Beth」

12年前の今頃、僕は受験生だった。
ちょうど冬季オリンピックをやっていた。あの長野オリンピックのとき。

受験生になると学校が休みになる。
高校の連中と議論になったところではあったんだけど、僕は極力オリンピック見てた。
もう受験直前にあがいても仕方ないしって思って。
一方で精神的な緊張状態をキープするために、誘惑を絶つべきってのも真実なんだけど。

今振り返ると、当時から合理的であることを第一義に置いてたんだなって思う。
だいぶその要素は今の僕から薄れてはいるけど、未だに変わっていない。嫌な性格だ。

しかし、当時受験生で本当に良かったって思う。
はっきり言ってあのオリンピック、個人的には伝説だった。
たぶんあれ以上の印象を僕に残すオリンピックはないだろうな。

なんといっても印象に残っているのが、ジャンプの団体戦。
スポーツの試合という括りで見ても、これほどの感動と興奮は他に無かった気がする。


4年前のリレハンメルのとき、僕はテレビで原田の失敗ジャンプを見ていた。
原田は失敗したけど、笑っていた。それが少年の心に奇妙な印象を残した。
次の日の学校ではそのことが話題になった。失敗したくせに笑ってるなんてふざけてるって。
子供に限らず、多くの大人達も総じて同じ意見だった気がする。

そして4年後。ノーマルヒル、ラージヒルと個人戦で日本はメダルを取っていたけど、
僕の中でも、世間的にも、団体戦で金メダルを取れるのかってのが最大の関心事だったように思う。
メンバーの総合力では勝って当たり前という布陣だったので、
あとは精神的な領域が結果を左右するであろうことは、事前に言われていた。

1回目のジャンプ、原田はまるでデジャブの如く、ジャンプを失敗した。
あの悪天候の中、失敗といえるのかという議論はあるだろうけど、
他選手の結果を比較するに、やっぱり失敗だった。

しかし2回目での日本の追い上げは凄かった。
岡部、斎藤と大ジャンプの連続で日本は順位を上げ、いよいよ原田の2回目のジャンプ。

あのジャンプはシビれた。
異常な角度で高く飛び出して、どこまで行くのって感じで飛んでいった。
殆ど平らなところで転倒せずに着地。

後ほど原田は複雑骨折してもいいくらいの気持ちで飛んだって言ってたけど、
それくらいの気持ちが伝わるようなジャンプだった。感動と興奮で胸がいっぱいになった。

最後の船木のジャンプ。無理しなくても普通に飛べば金メダルという状況。
相当な重圧があっただろうけど、第一人者の実力を見せ付けた、芸術的なジャンプだった。
アナウンサーの「綺麗な飛形できた」って言葉は今でも印象に残っている。


オリンピックに出ている選手達って、はっきり言って、他人。
「他人」ではあるんだけど、その大会に懸ける想いや情熱、背景にある努力と歴史を感じることによって、
他人が応援したい対象になっていくのを感じた。自分のこと、友達のことのように嬉しいと思った。

競技後のインタビューには泣きじゃくる原田がいた。
テレビでは決して表には出さなかった、素の彼がいた。
ひょうひょうとしているように見えたけど、4年間の重圧ってのは、僕なんかが全く想像できないほど、
暗く、重く、憂鬱なものだったんだと思った。

あの映像を見て、僕は人間の中にある歴史というものをより意識するようになった。

僕以外の人間は他人。そして他人が僕に見せてくれるのは、ほんの一側面の表情なんだって。
人間の歴史ってのは、僕が想像するのより、何十倍、何百倍も大きいものなんだって、意識するようになった。
表面的な印象で人間の価値を決めてはいけない。当たり前のことを、当たり前にできるようになりたいって思った。


たまたまその日は親も仕事が休みだったのか、このジャンプ団体戦は、最初から最後まで一緒に見てた。
お互い感動を伝え合うのが照れ臭かったのか、歓喜に沸く画面を、ただ無言で見つめていたのを思い出す。

ひょっとしたら僕は、大学に受かったら、あと1ヵ月後には家を出るんだなってことを意識してたのかも。


とにかく長野オリンピックは良かった。
僕は全くトリノオリンピックは見てないし、オリンピックというものに対して、興味もだいぶ薄れてきたけど、
アスリート達が目指すべき最高峰の場所として、在り続けてほしいというのが希望である。

絶対に、単なる金儲けの手段に陥らせてはいけない。
感動を与える、と書くと陳腐な表現になるけど、実際僕はそういう体験をしたので、
そういう体験をする可能性がある人がいるなら、オリンピックは続いて欲しいと思う。


ジャンプ団体戦のダイジェスト動画
http://www.youtube.com/watch?v=vQn1qQUhXlo&feature=related

競技後のインタビュー
会場の雰囲気が異常です。あの場にいた人たちは一生モノの体験になったのではないでしょうか…。
http://www.youtube.com/watch?v=XnxKC61Cy-g&feature=related


受験のため、僕は北海道に降り立った。
雪舞い踊る北の地は文字通りに別世界で、僕はこれから別世界で生きていくんだという決意を抱かせた。

札幌には親戚がいたので家に泊めてもらって、当日も会場まで送ってもらった。
その車の中のラジオから流れてきたのは、KISSの「Beth」だった。
高校の頃、僕はKISSが好きだった。曲も簡単だったので、ギターでコピーしていた。

僕はこの曲を初めとして、色々な音楽を聴きながら、受験勉強をしていた。
単なる偶然ではあるんだけど、ラジオから流れる「Beth」を聴きながら、
今まで自分がやってきたことが、間違いじゃなかったんだって気がした。


「Beth」を聴くと、そんな昔のことを思い出す。

そして僕はめでたく大学に入り、いろいろあって、今に至る。
その間には、テレビに現れるようなかっこいいドラマがあるわけではないけど、僕なりの歴史がある。


B000001FBWDouble Platinum
Kiss
Polygram Records 1990-10-25

by G-Tools



KISS 「Beth」音のみ



KISS 「Beth」オーケストラをバックにしたライブ。みんなKISSメイクしてて、違和感ありまくりで、いいです。
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テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

Rage Against The Machine 「Bombtrack」

フジロックの早割りに無事当選。つーか外れたこと無い。
余計なところで運使ってるのかなって思ったり。

チケット安く買えるのは勿論うれしいんだけど、駐車場が近いのが一番ありがたい。
駐車場の場所でかなり過ごし方の余裕度が変わってくるので。

という訳で今年もフジに行きます。


第1弾発表を前に今年もネット上では様々な噂が。
Arctic Monkeys、Muse、Primal Screamあたりの名前が挙がっています。
どれもありそう。ま、ぶっちゃけ誰でもいいんだけど。
フジならヘッドライナーの裏にも何かしら観たいアーティスト出てくれるので。

とはいえ、0.1%以下かもしれないけど、
Faith No MoreやRage Against The Machine出ないかなって期待してる。
レイジは確か2年前ほぼ決まってたらしいし…。

去年Street Sweeper Social Club観てて、ブーツ・ライリーかっこ良かったけど、
あーいうレイジみたいな音楽やるなら、やっぱりザックのボーカルで聴きたいなって思った。
あんま知名度なかったおかげで、トムのギター間近で観れたのはすごく良かったんだけど。


レイジは恐らく90年代のアメリカの音楽に最も影響を与えたバンドだと思う。
Nirvanaは音楽シーンの構造を変えたバンドだと思うけど、音楽を変えたのはレイジだと思う。

ヒップホップとロックの融合は既にFaith No More、Red Hot Chili Peppersがやってたけど、
ラップボーカルを前面に据えた有名バンドってやっぱりレイジが元祖だと思う。
僕が初めてレイジ聴いたのは「Evil Empire」だったけど、こんな音楽聴いたことねーやって衝撃だった。

レイジの後にKornが出てきて、Limp Bizkitが登場した。
Kornは特にラップボーカルを中心に据えていた訳ではないけど、リンプはやっぱりモロにレイジだなーって思う。
勿論オリジナリティあると思うけど。

90年後半はリンプを筆頭として、ラップメタルバンドが溢れかえるくらい、溢れかえっていた。
一時期僕、WWFというアメリカのプロレス団体好きでよく番組見てたんだけど、
テーマ曲の多くはラップメタルだった気がする。

なんていうか、このスタイル、聴いていて単純に気持ちいのである。
ラップのパートで気持ちが徐々に持ち上がってきて、サビで一気にどかーんと。
問答無用で盛り上がる。


とはいえ、レイジがそういった方法論を取ったのは、
勿論単純に演っていて気持ちいいってのはあるだろうけど、ある程度必然的なものだったんだろうと思う。

よく知られている通り、レイジは政治的なバンド。
メンバーは音楽よりも政治の方が大事だって言ってるくらい。
彼らには訴えたいことがたくさんあって、
その中でラップというリリックの中で情報量を詰め込むことの出来るスタイルが必要だったんだと思う。

それはヒップホップの精神とリンクしているところで、
彼らが崇拝するPublic Enemyの姿勢と共通する。

一方で彼らはThe Clash、 Bad Brainsのような政治的なメッセージの強いパンクも好きだった。
ヒップホップはサンプリングの音楽だけど、こういったパンクの過激な側面を生演奏として取り組むことが、
彼らのメッセージをの切実さを、よりリアルに伝えるための手法として必要だったんだと思う。

そうやって作り上げられた音楽は、あまりにもオリジナリティがあり、
あまりにも過激で、あまりにも切実に響く、本当に個性的な音楽だった。


僕はリンプを初めとしたラップメタル、ミクスチャーのバンドも好きなんだけど、
やっぱり音楽が生まれた背景が違うから、たとえ同じスタイルであったにせよ、
レイジの音は特別に聴こえるのである。

こればっかりは、感覚なので、上手く言えないんだけど。

ただ、レイジというバンドは、生い立ちの段階で自分達のスタイルを完全に作ってしまったために、
その後のアルバムについて、音楽的な進化の余地が少なかったということを感じたりする。
『Evil Empire』『The Battle of Los Angeles』は文句なしで名盤なんだけど、
ファーストからどこまで変わったかっていうと、基本的には変わってない。

雨後の筍のように出現したラップメタルバンドの多くが行き詰ってしまったように、
レイジにも音楽的な行き詰まりは少なからずあったんじゃないかって思う。
メンバー同士の緊張関係が解散の要因として語られているけど、
音楽的な進化って側面でも、彼らの解散はある意味仕方なかったのかなって思ったりする。


そんなレイジは数年前に再結成して、2年前に日本に来た。
めちゃめちゃ行きたかったけど、あまりのチケットの高さに、日本を舐めんなって思って行かなかった。
今振り返ると後悔半分、納得半分なんだけど。

レイジとして制作はやらないけど、ライブはやるよってスタンスを今も彼らはずっと続けている。
あれだけ志の高いバンドなんだから、集金活動に見えるようなことはやめて、
レイジとして活動を続けるならアルバム作ってほしい。

まー次に日本来たら、悔しいけど観に行くけどさ…。


これも何回聴いたかわからないレイジのファースト。
「Bombtrack」はいつ聴いても気持ちの高揚を感じさせてくれる。
ここまで完璧なデビューアルバムの1曲目ってないと思う。


B0000028RRRage Against the Machine
Rage Against the Machine
Sony/BMG 1992-11-12

by G-Tools



Rage Against The Machine 「Bombtrack」 PV



Rage Against The Machine 「Bombtrack」 LIVE

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

Metallica 「Enter Sandman」

最近知ったんだけど、Metallicaの『Metallica』通称ブラックアルバム(Black Album)が、
1991年?2009年の期間において最もアメリカで売れたアルバムになっているようです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Best-selling_albums_in_the_United_States_since_Nielsen_SoundScan_tracking_began

自分の想像以上、というより日本人の想像以上なんじゃないでしょうか。
メタリカってアメリカでは相当にビッグなバンドなようです。
十分に知っていたつもりなのに、こうやって数字として提示されると、驚き。
この事実は、彼らの見方を変えてしまうくらいにインパクトのある数字。

そりゃー、無理して日本来る必要ないわな。


彼らは『Metallica』をリリースしてもうすぐ20年が経とうとしているけど、
その間、名盤と呼べるようなアルバムは無かった(『S&M』は名盤だけど、あれは企画ものなので…)。
少なくとも僕はそう思っているし、実際そう思う人は多いんじゃないかと思う。

でもメタリカが今でも大御所として世界的に君臨し続けている事実。
それは決して『Master of Perpetts』ではなく、『Metallica』によるものだと思う。
セールスが何よりも物語っている。このアルバムがどれだけの人々に浸透したのかを。


メタルの過激な要素を突き詰めたメタリカは、『Master of Perpetts』を引っさげて表舞台へと登場し、
現代にも繋がるアグレッシブでエクストリームな音楽の裾野を広げた。
アンダーグランドな音楽を、広く世間層までアピールする状況を作り出した功績は量り知れない。

スラッシュメタルに代表される過激な音楽がブームとなりえること。
このときはメタルだったけど、後に繋がるミクスチャーやへヴィロック、グランジといった
過激に歪んだギターが鳴り響く音楽が以後にブレイクを果たすのも、
このときのメタリカのブレイクが大きいんじゃないかって勝手に思っている。


『Master of Perpetts』後にクリフ・バートンを失ったメタリカが続いて発表したのが
『…And Justice for All』だった。

『…And Justice for All』は、メタリカ史上最も複雑でテクニカルなアルバムだった。
後追いで聴いたけど、めちゃくちゃ凝ってるし、特にラーズとカークが頑張っている。
こんなこと出来たんだーって驚きだった。

そんな彼らの冒険は「Blackened」「One」に代表されるような名曲として結実し、実際このアルバムは売れた。
特に「One」はバンドとして初のシングルヒットとなり、
メタリカをメタルファン以外の人間にも振り向かせるような結果を得た。

一方で「Harvester of Sorrow」のような次作を予感させるような、
重心の低いグルーブ重視の曲も収められている。

とはいえ、どの曲もそれまでのメタリカのあくまで延長線に位置づけられるような仕上がりになっており、
いわゆるメタル、狭義ではスラッシュメタル、の範疇に収まるものだったと思う。
メタル系の雑誌やネットでの論調を見ると、ここまでのメタリカがあくまで好きってファンが多い。

実際、僕もここまでのメタリカの方が好きである。
一番好きなアルバムは『…And Justice for All』だし。一番好きな曲は「Battery」だけど。


『…And Justice for All』で成功を収めた彼らだったが、
次作を制作するにあたって、これまでの路線を踏襲していいのか葛藤があったようです。

複雑でテクニカルな路線はやり尽くした、バンドとしての現状。
一方で、巷にはメタリカの音楽に対するフォロワーが溢れ始めている、メタルシーンの現状。
「One」における世間的成功、シアトルで火が付き始めた新しいヘヴィロック。

それらの全てがきっかけとなって、新しいメタリカの音は生まれた。

英語だけど、下記リンクにネット上では貴重な当時のインタビューがあります。
その中で『Metallica』の音が生まれた背景が綴られています。
http://www.metallicaworld.co.uk/Interviews/black_album_1991.htm
http://www.metallicaworld.co.uk/Interviews/thrash_kings_1991.htm


彼らが選択したのは、彼らが積上げてきた音楽の再構築だった。
彼らの音楽を構成していた要素を分解し、ひたすらに贅肉、時に筋肉まで削ぎ落としていった。

複雑で劇的な展開はなく、開放弦を歯切れ良く刻むギターリフはなく、大仰でクラシカルなフレーズはなく、
高速で疾走するアグレッションはなくなった。
メタリカをメタリカたらしめていた要素も、今の自分達に不要なものとして切り落とした。

音楽面において連続性を保ったのは、バラード「The Unforgiven」「Nothing Else Matters」にて
聴かれるようなわずかばかりのドラマ性くらいな気がする。
少なくとも僕は、どうしても他に音楽的な連続性を見出すことが出来ない。

そんな過去との断絶ともいえるような作業の中で残ったのは、
プレイヤーとしてのメンバーの個性だけだった。
このアルバムにおいて聴ける彼らの演奏は、過去のアルバムでは決して聴くことの出来なかった、
唯一無二の生々しい存在感を放っていた。

ラーズのドラムにおける、ショットの溜め。元々リズムは独特なものを持っていたけど、
ここに来てタメを効かせたグルーヴィーなラーズのドラミングが完成した気がする。
プレイとしてはそれまでの奏法の延長線上にあるんだけど、
テンポを落としてどっしりとしたリズムを築くことにより、ラーズの個性は開花したと思う。

ジェイソンの地を這うようなベース。
元々上手い人だったんだろうけど、前作では不本意なミックスをされた復讐の如く、
重心の低い、それでいて正確なベースを弾いている。
当時のラーズとのコンビネーションは、最強レベルの相性だったと思う。

カークのエモーショナルなギターソロ。
お世辞にも上手いとはいえないギタリストが見つけたのは、
ブルース色の入ったペンタトニックスケールで弾き倒すスタイルだった。
紆余曲折を経て手、リードギタリスト、カークの個性が確立したのはこのタイミングだったと思う。

なんといってもジェームスのボーカル。
このアルバムは、ジェームスのボーカルの成長抜きには語れない。

『Kill 'Em All』の時点では、細かい音程なんか気にせずにガナリ立て、
歌心なんて全く感じられなかったボーカルが、稀代のボーカリストとして成長を遂げた。
中低音における色気のあるボーカルは、比類なき歌声として輝きを放っていた。

このアルバム制作におけるボブロックとの共同作業の中で、
ジェームスはボイトレに励み、技術向上に励んだそうです。


結果的に見れば、このジェームスのボーカルが、メタリカを世界的存在へと押し上げたと思っている。

彼らが辿り着いた音は、「ロック」だった。
ジェームスの歌を中心に据えた「ロック」だったと思う。
メタルとロックの違いって何って突っ込まれそうだけど、僕が今『Metallica』を聴いて思うのはそれである。


このアルバムの制作当時、メンバーはシアトルのバンド、
Alice In Chains、Soundgarden、そして『Nevermind』以前のNirvanaをよく聴いていたらしい。
彼らの音にはメタルの要素がふんだんに入っているけど、生々しいロックである。

グランジ、もしくはオルタナと呼ばれるバンドが大ブレイクを果たしたのが1991年。
一方で『Metallica』が発表されたのが同じ1991年。

ここに奇妙な同時代性がある。

メタリカは勿論これらシアトルのバンドに刺激を受けたことは間違いないけど、
決してまだメインストリームな音楽とは呼べなかった訳で、
しかも一時代を築いたバンドが単純にそれらのバンドの方法論を真似るなんてことは、
彼らのプライドを考えて、有り得ない。

よく『Metallica』でメタリカは時代に擦り寄ったなんて言われるけど、
僕は決してそうは思わなくて、これは偶然の一致なんだって思っている。
その後のアルバムはともかく、メタリカの歴史を追っていけば、そんなことないって確信できる。

そんな2つの流れが偶然にリンクし、爆発を起こしたのが1991年だったんだと思う。

結果的に、メタリカは変わりゆく運命にあった音楽シーンに対し、
あまりにもその時代とリンクしたアルバムを作ってしまった訳である。
『Metallica』は1年早くても、1年遅くてもダメだったと思う。

1991年だから、あそこまでの影響力を持ったんだと思う。

メタリカはアンダーグラウンドなメタルを表舞台に引き上げた一方で、
それらのメタルを再び地下シーンに戻してしまった。
メタリカは開拓者であり、破壊者であった。
1991年以降、伝統的なメタルはほぼ死に絶えた状態になった。

メタリカだけが、変わり行く時代を捉えたバンドとして生き残ったのである…。


『Metallica』というアルバム。
もう何回聴いたか分からないくらい散々聴いたけど、悔しいけどかっこいい。
はっきり言って、それ以前のアルバムの方が好きだけど、でもかっこいい。

メタルファンとして、このアルバムが名作だとは言いたくない。
僕と同じように、それ以前のメタルが好きな人間にとって、
このアルバムは恐らく踏み絵のようなアルバムである。

でもスラッシュメタルを出自としたバンドが、
90年代以降のアメリカで最も売れたアルバムを作ったという事実。

その事実には絶対的な敬意を払わなければいけないと思う。
文句なしで、世界の音楽シーンに影響を与えたアルバム。
それ以後のヘヴィな音楽全てとリンクすると言っても過言ではない、重要作。


あっという間にこんな長文になっていた…。
それだけこのアルバムには語るべきことがあるのです。
まだまだ上手く言えないことあるけど、頭の中を整理できたら、また書きたいと思う。

これから会社の資料を作らんと…。


B000002H97Metallica
Metallica
Universal/Mercury 1991-08-12

by G-Tools



Metallica 「Enter Sandman」 LIVE



Metallica 「Enter Sandman」 音のみ

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ジャンル : 音楽

Nirvana 「Scentless Apprentice」

Nirvanaといえばとかく『Nevermind』な訳だけど、『In Utero』もとんでもない名盤だと思っている。

『Nevermind』は僕の少年時代に衝撃を与え、
音楽の視野を大きく広げてくれた非常に思い入れのあるアルバムの一方で、
「音」として好きなアルバムは『In Utero』の方である。

初めて『In Utero』聴いたときのインパクトは強烈だった。
そもそもアルバムの裏ジャケの胎児の死体をモチーフにしたイラスト(?)が強烈だったし。

「Serve the Servants」のイントロでいきなり不協和音のギター。
「Scentless Apprentice」でのカートの尋常じゃない叫び声。
こんな歌詞大丈夫なのって「Smells Like Teen Spirit」にわざと似せたような「Rape Me」。

低音でじっくりと歌い上げるようなボーカルが印象的な「Pennyroyal Tea」。
全ての楽器が獰猛に襲い掛かってくる「Tourette's」。
正にラストナンバーという表現がぴったりの、終末感漂うメロディが美しい「All Apologies」。

はっきり言って全ての曲が名曲だと思う。
表現者としてのNirvanaの才能が十二分に発揮された素晴らしいアルバム。


『In Utero』は『Nevermind』の成功を受けて、もうあんなアルバムは作りたくないということで、
自らのルーツに戻るかのような音になっている。

とはいえ『Bleach』のリバイバルでは決してなく、
粗雑で汚い和音のギターの合間にも美しいメロディが散りばめられている
あくまで『Nevermind』を通過している音になっていると思う。

クリスとデイブのリズム隊は前にも増して強力で、様々なリズムを自在に扱っている。
1993年という年は、ミクスチャー系の重要バンドが出揃い、ロックに新しいリズムが導入された後の時期で、
そうした時代の空気感もこのアルバムに反映されているのかなって思ったりもする。

このアルバムはNirvanaが単なる一発屋ではないことを証明する一方で、
その先にどんな音を聴かせてくれるのか、そんな期待感を抱かせる仕上がり。
こんなこと考えてても仕方ないけど、カートが生きてたら、ほんとどんな音楽やってたんだろう…。


去年発売された『Live at Reading』のDVD観ていて、
カートのボーカルとギターは勿論かっこいいんだけど、リズム隊の強力さに改めて驚いた。

特にデイブ・グロール。
あの人、決して上手いドラマーだとは思わないんだけど、
間の取り方とか、一つ一つのショットとか、独特な個性を感じる。
何といってもアクション大きくて、叩き方かっこいいし。

「Scentless Apprentice」はデイブのドラムが光っている曲。
この曲のイントロのドラムフレーズは、ロック史の中でも名演なんじゃないだろうか。
あそこまで印象的なドラムのフレーズってあまり思い浮かばないような。
簡単なフレーズに聴こえるけど、実際叩いてみると難しいんですよ、これが。

基本的にはNirvanaの曲って全てカートが書いてるんだけど、
この曲はカート、クリス、デイブの3人の名前がクレジットされている。
そういう面で、この曲はNirvanaの次の方向性を示唆していた曲と考えられなくもない…、かも。

どっちかというとNirvanaの曲はギターリフによって組み立てられているんだけど、
この曲はリズムがとにかくグイグイと引っ張る。
そしてあのリズムに乗ったギターリフはたまらなくかっこいい。

なんといってもサビでのカートの絶叫…。

全身全霊で叩きつけられる演奏とボーカル。
Nirvanaの魅力が詰まった名曲だと思う。


B0000072KYIn Utero
Nirvana
Geffen UK 2001-04-03

by G-Tools



Nirvana 「Scentless Apprentice」
このライブ動画、鳥肌ものです…。かっこよすぎ…。
『From the Muddy Banks of the Wishkah』に収められているテイクです。

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

Pearl Jam 「Jeremy」

最近慌しいんだけど、それに比例するかのように、音楽にハマっている。
聴いていて凄くインスピレーションが湧いてくる。いい感じ。
今まで何気なく聴いていた音楽が、違った風景を見せてくれるのを感じたりする。

久しぶりにPearl Jamを聴いた。
90年代前後のアメリカの音楽を聴くにあたって、避けては通れない巨大なバンド。

僕は高校時代にNirvanaの流れで『Ten』を買って聴いたんだけど、
どうも普通のアメリカンロックって感じで、かっこいい曲もあるけど、
あんまり期待した程じゃなかったなってのが感想だった。

そして色々と経験を経た後、再度聴いてみたけど同じ感想だった。

僕にとってPearl Jamの音楽って普通過ぎるのである。
エディ・ヴェダーのボーカルは今聴いても切実な叫びとして胸を打つものはあるんだけど、
やっぱりノーマルなボーカルスタイルってこともあって、
僕にとっての他のスター達と比べて、そこまで…って感じである。

『Into the Wild』の主題歌はめちゃめちゃ良かったけど。

バックの演奏も、同郷シアトルのAlice in Chains、Soundgardenといった先を行くバンドと、
それほど大きな違いがある訳でもないし。

でも高校の頃と一緒で、「Jeremy」はやっぱりいい曲だなって思った。
そんでこの曲のことを調べてみたけど、驚愕。こんな曲だったんだって…。
今まで歌詞を気にして聴いたことなんてなかった。

そのことを知って、この曲が全く違う風景をもって現れてきた。


「Jeremy」は実在する人物のようです。
1991年の1月、15歳にしてクラスメイトの前で拳銃自殺した少年のことを歌った曲のようである。
クラスメイトが言うには、彼は寡黙でいつも悲しそうな素振りをしていた少年だったということです…。

その事件の記事をエディが読んで、これは歌わなければならないと作ったのがこの曲のようで、
エディの実際のクラスメイトも過去に自殺したことも、その動機として語られています。

Wikipedia米国版より
http://en.wikipedia.org/wiki/Jeremy_(song)

エディ・ヴェダーはとかく若者の代弁者として語られることが多いけど、
こうして歌詞を読んで、彼の切実な叫びを聴いていると、
ほんのその一端というか、その情念を感じることが出来た。

しかし、この曲でのエディのボーカルは凄いです…。


全然音楽性は違うけど、僕らの世代にとってブルーハーツは僕らの代弁者だった。
少なくとも僕と、僕の周りではそうだった。
僕らの世代より上の方々も、下の方々とも、感じ方はきっと違うと思う。

Pearl Jamってそんなアメリカ人の、その世代を一緒に生きた人間にしか分からない、
そんなバンドなのかもって思った。

音楽史としてどうのとか語られることが無いバンドだけど、
その世代を生きた人間が思いを共有できたバンド。

Pearl Jamってきっとそういうバンドなんだろうなって思った。
もっと歌詞を読んで、もっと奥深くまで感じてみたいって思った。

グランジと称されたバンドの中で、
今でも多くの人間に支持されながら、ずっと活動しているバンドってこのバンドくらいしかない。
偉大なバンドだと思う。


At home
Drawing pictures
Of mountain tops
With him on top

家には
山頂が描かれた絵が
頂上には彼がいた

Lemon yellow sun
Arms raised in a V
Dead lay in pools of maroon below

レモンイエローの太陽
Vの字に万歳をしている
死体がえび茶色のプールに横たわっている

Daddy didn't give attention
To the fact that mommy didn't care
King Jeremy the wicked
Ruled his world

父は注意を払ってはいなかった
母が気にしていなかったのも事実
邪悪な王としてジェレミーは
彼の世界を支配した

Jeremy spoke in class today
Jeremy spoke in class today

ジェレミーは今日クラスで話していた
ジェレミーは今日クラスで話していた

Clearly I remember
Pickin' on the boy
Seemed a harmless little fuck

はっきりと、俺は覚えている
少年にいじめを行うのを
とても弱々しく見える奴に

But we unleashed a lion
Gnashed his teeth
And bit the recess lady's breast

しかし俺達はライオンを解放した
彼の歯をきしませた
そして女の胸にかみついた

How could I forget
He hit me with a surprise left
My jaw left hurting

どうして忘れることができるだろう
彼は俺に衝撃を残した
顎の痛みがまだ残っている

Dropped wide open
Just like the day
Like the day I heard

広く開いて沈んだ
ちょうどその日のように
俺が聞いたその日のように

Daddy didn't give affection
And the boy was something that mommy wouldn't wear
King Jeremy the wicked
Ruled his world

父は愛情を注いではいなかった
少年は母が身につけない存在だった
邪悪な王としてジェレミーは
彼の世界を支配した

Jeremy spoke in class today
Jeremy spoke in class today

ジェレミーは今日クラスで話していた
ジェレミーは今日クラスで話していた

Try to forget this...
Try to erase this...
From the blackboard.

忘れようとする…
消し去ろうとする…
黒板から


B0000027RLTen
Pearl Jam
Sony 1991-09-02

by G-Tools



Pearl Jam 「Jeremy」
このPV、物議をかもして放送禁止になったようです。
理解されない少年の苦悩、苛立ち、そして衝撃のラストシーン…。
強烈なインパクトがありました…。名曲です。



Pearl Jam 「Jeremy」 1992年のライブ
この曲を歌うエディ、なんか神々しさすら感じます…。バックの演奏も素晴らしい。
彼らのライブ、凄かったんだろうな…。

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

プロフィール

捕鯨船団

Author:捕鯨船団
1979年生まれ。
東京都町田市在住。
電子部品の技術開発に従事。

30超えにも関わらず、
楽器をドラムに替え、
学生時代以来のバンドを始めた
今日この頃。

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