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銀杏BOYZ 「なんとなく僕たちは大人になるんだ」

先日、友人の結婚式があり、僕が大学時代を過ごした札幌の街に帰っていた。


僕は北海道の東部、いわゆる道東で生まれ、8歳の頃まで育った。
そのときの記憶はもはや断片的でしかない。
よく一緒に遊んでいた友人の名前も思い出せないくらい。

自分の両親は典型的な宗教観を持つ日本人であり、緩やかな仏教信者といえる家庭であったが、
家に近いという理由で、カトリックの幼稚園に通っていたことの記憶はそこそこある。
ご飯食べる前にお祈りしたり、聖書の漫画を読んでいたりしたような。
善悪の観念を意識したという点で、案外これは自分の人生に影響を与えているかもしれない。

そして親の転勤で僕は茨城に引っ越すことになった。
そのことで両親が言い合いをして、険悪になっていたことを子供心に思い出す。
自分が生まれ育った街、そして友人との別れ。
もうすぐ起こるであろう事態に恐れを感じ、僕は泣きじゃくっていたことを思い出す。

今振り返ると、一番辛かったのは両親だったと思うんだけど。
何のゆかりもない土地に引っ越して、暮らそうっていうんだから。

そんなこんなで僕は茨城に引っ越した。
今まで経験したことの無い猛烈な暑さが、僕達家族を歓迎した。
引越し先での初日、近所にあった食堂で、大して美味しくない冷やし中華を、
家族四人、黙って食べていたのを思い出す。

とはいえ、引越し先では新しい出会いもあり、
近所の同世代の子供達の輪に、僕はすんなりと溶け込むことが出来た。
あの頃の子供って、ほんと開放的だったし。毎日みんなで外で遊んでた。

自分が引っ越した先は社宅だったこともあり、
両親もすぐに近所の人達に受け入れてもらえていたみたいで、
家族同士でうちでご飯食べたりと、結構賑やかなことが多かったと思う。

そんなこんなで僕はすくすくと育った。
中学校時代にどこの子供もやるような悪いこともやったけど、
自分は明らかに健全に育った。自分でいうのも何だが、明らかに純粋だった。

小学校、中学校と、うちの学区はメンツが全く変わらなかったこともあり、
勉強出来る奴、喧嘩強い奴、笑いを取れる奴、
色んな人間はいたけれども、総じてみんな仲が良かった。

小中学校の友人は今でも集まること多いんだけど、今でも継続している連帯感って、
やっぱり同級生に恵まれていたという賜物であると実感する。
30過ぎても地元の友人とブラフマンのライブ行ってるなんて、当時は想像もつかなかった。

自分にとって、一つ目の転機は高校時代だったと思う。
正直、僕は高校時代、つまらなかった。今でも一緒に飲む友人って、一人もいない。

僕は進学校に通うことになったんだけど、なんか異質がなく、同質な感じに違和感があった。
別に友人がいなかった訳ではなくて、それなりに楽しくは過ごしていたんだけど、
なんか心から笑い合えるような、そんな関係を作れた友人がいなかった。
部活は何だかんだで3年生の春までやってたけど、自分の力不足もありパッとしなかったし。

何か周りに合わせて生活していた。
本当の自分はこんなんじゃないって感じながら、自分は生活していた。

でも当時のクラスメートの影響でギターをやり始めたのは自分にとって大きかった。
高校の学園祭でバンドをやっている友人を見て、自分もやってみたいと思った。
当時メタル聴いてて、音楽はかなり興味出てきた頃だったし。

初めて肉体労働のアルバイトというものを経験し、ギターを買った。
GibsonのパクリのMaisonという、入門者向けのレスポールだった。
それでも当時の自分からしたら高い買い物だった。アンプも一緒に買って。
友人とスタジオ入って遊んだりしていたものの、結局当時バンドってやつは出来なかった訳だけど。

閉塞的な高校時代の中で、段々と僕は大学生活というものに想いを馳せるようになった。
大学に行けば、きっとこんな閉じた息苦しい空間を抜け出して、
もっと自由で、もっと自分のやりたいと思うことが出来る、そう思うようになった。

大学でやりたいことってのは特になかった。
でも僕が生まれ育った北海道という土地に帰りたい。
そんな気持ちが大きく、志望する大学を決めるのに時間はかからなかった。

当時数学と化学の成績が良かったから、とりあえず理系の学部に行こう。
学術的ではなく、実践的な学問の方が、就職の潰しは効くだろう。
そんな適当な気持ちで、志望学部も決めた。

ダメな学生の典型なんだけど、でも目標が決まった人間のやる気ってのはバカに出来ないもので、
明らかに自分の「学力」、今振り返れば取り立ててなんの意味もない能力なんだけど、
とはいえ僕の「学力」は明らかに向上した。

閉塞した人間が開放を求めるときの力は凄い。自分は身を持ってそれを体感した。
失礼な言い方になるけど、予備校生なんて絶対になりたくなかった。

そして僕は受験を経て、札幌の大学に通うことになった。

閉塞感を感じていた高校時代だけど、それなりに卒業したときの友人との別れは寂しかったし、
何より今まで一緒に住んでいた親との別れは辛かった。
当時の自分はそんな寂しさを表に出すことはかっこ悪いと思っていたから、
冷静を装ってはいたけれども、きっと親には伝わっていたのかもしれない。

特に口が上手い方ではない父親とは、会話の回数が減った。
お互いがお互いを、きっと意識していた。
大学に受かってから1ヶ月はまるまる休みだったんだけど、あのときの記憶があまりない。

何か特別なことをしようって気持ちが、きっと照れ臭かったんだろうと思う。
極めて平穏に、日常は過ぎていった。

いよいよ実家を出るときがやってきた。

玄関まで家族三人が見送りに来てくれた。今振り返っても、涙が出そうになる。
僕はそのとき以来、実家の人間ではなくなった。
家族ではあるけれども、普段はそこにはいない「客人」となった。

18歳という時期にこの経験が出来たのは大きかったかな。
自分一人。決して一人ではないけれども、一人で生きていく。
その事実を実感した。自分が大人に近づいた瞬間だったと思う。

その後は地元に残る中学校時代の友人達が僕を駅まで見送ってくれた。
よくテレビで見るような光景。
電車の扉が閉まり、駅のホームで友人達が走りながら手を振っている。

あまり泣く経験がなかった自分だけど、このときの僕、泣いていたと思う。
自分は親も友人も捨てて、遠くの土地に行く。そのことを実感していた。


そんな過去を背負って降り立った札幌の土地。
そこでは本当に色々なことがあった。
多くの人達と出会い、酒飲んで、本当に心から毎日笑っていた。
悩み苦しんでいるときも、札幌の土地の何かが、僕を癒してくれた。

札幌に久しぶりに行って、昔の思い出の場所を巡っていて、
そして昔大学時代を一緒に過ごした友人達と酒を飲んで、騒いで、
昔の楽しかった思い出が蘇ってくるようだったけど、
最後に一人になって、札幌から空港に向かう電車に乗って、
蘇ってきたのは札幌に来るまでの自分の人生そのものだった。

就職が決まって、札幌を最後に出たときにも同じ電車に乗った。
あのときも、きっと同じことを考えていた。
札幌時代の思い出と共に、札幌に来るまでの自分の思い出を。


自分の人生なんて、きっとちっぽけなものである。
でも自分が背負ってきたものに対する重みを、僕はいつでも忘れずに感じている。
僕は今、ちっぽけであっても、社会に対して何かを出来る立場にいる。

何でもいいから、自分が生きた証を刻み付けたい。
そしてこれまで僕が世話になった人達、社会に対して、僕は恩返しがしたい。

僕が今生きる目的は、それである。


札幌からの帰りの電車の中、僕はこの曲を聴いていた。
札幌を出るときに先輩が僕を駅まで送ってくれたんだけど、
そのときに車の中でかけてくれた曲だった。
偶然にもお互いこのアルバムに衝撃を受けて、短い間だったけどよく語り合っていたもんだった。

この曲を聴くと、いつもあのときの記憶と、それまでの記憶とが蘇ってくる。


たいしてうまくもない行きつけのラーメン屋で
ぼんやりナイター中継を眺めていると
僕と同い年ぐらいの男が入ってきて
僕より先にたいらげてそそくさと帰っていった
 
どうしてみんなそんなに急ぐんだい
どうしてみんなそんなに急ぐんだい
 
ああ 僕の ラーメンくさい
溜息は 冬の夜空に消えていった


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銀杏BOYZ
UK.PROJECT 2005-01-15

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銀杏BOYZ 「なんとなく僕たちは大人になるんだ」
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銀杏BOYZ 「光」

神聖かまってちゃんのテレビ出演が話題になっていたみたいなので、見てみた。
http://www.youtube.com/watch?v=Sik3x4wC_4w

僕の感想。笑い半分の引き半分。
もうちょっとちゃんと音楽やってくれてた方が良かったと思う。
生演奏ではなく、オケってのがイマイチだった。

前にNHK出たときの方が、彼らの魅力が伝わっていたような。
あのときはちゃんと演奏した後に、の子が異常行動するってのが良かった。

ちなみに、放送事故って評価されているけど、僕は十分予定調和な気がした。
中居が初めに「何やるか分かんないです」ってフリ入れているし、
カメラワークもあのようなの子のパフォーマンスを想定した撮り方だったと思う。
そもそも、あーゆーの期待してるからこその、生放送へのブッキングだったと思うし。

改めて観ていると、寧ろ中居のリアクションに感心した。
あの人、素ではなくて、きちんと引き芸をやっていると思った。
一般人から見たときに取るであろうリアクションを、代表してこなしているような、そんな印象。

よくよく考えると、中居レベルだったら、今まで異常なテンションの人間は、
色々な場所で対応してきているだろうし、あんなことで素で引くことは考えられない。
「リハーサルは大人しかったのに、本番なると…」って、いい返しだったと思う。
上手く相手にしゃべらせるように、会話をリードしていた。

中居との子の絡みは、メンバーのしゃべりが余計だったかなー。
うたばんみたいな感じに、淡々とした中居、テンションの高いの子といった構図を明確にして、
二人だけの世界で絡み合った方が、もっと面白くなった気がする。

そんな感じの感想。正直僕の感性には、あまりピンと来なかった。


僕は一時期、神聖かまってちゃんの曲は結構聴いていた。
なんだかんだで、いい曲作ってると思う。「23才の夏休み」は名曲だと思った。

ちなみに、彼らのことを知っていくうちに、どうしても僕は銀杏BOYZと比較してしまった。

作詞作曲、バンドのコンセプト全てを一人のフロントマンが担う。
精神異常なんじゃないかっていうくらいに、常軌を逸したパフォーマンス。
天才的なメロディメイカーであり、アレンジャー。
ロックのかっこ良さに対し、間逆の立ち位置を意図的に取る。

峯田との子のキャラクターは、どう考えても被る。
かまってちゃんが出てきた頃、やっぱり僕と同じように銀杏と比較するような風潮があったように思う。

とはいえ、音楽的には両者の違いははっきりしていて、
どちらが上とか下とか優劣は付けられないと思うし、
僕は銀杏と同世代で思い入れがあるから銀杏の方が好きなだけであって、
殊更下の世代であるかまってちゃんを下に見ようなんてつもりはない。

結局バンドの好みなんて、個々人の感性で選択すれば良い話な訳だし。


そこらへんを踏まえた上で、過去に銀杏BOYZがテレビ出演した動画を見てみた。
こちらも同じく生放送。初めてのテレビということで、かなり話題性があった。
家にTVがない僕も、このときは友人の家で、見た。

このときも放送事故なんて言われていたけど、改めて見てみると全然まともに見えた。
リアルタイムで見ていたときは、かなり笑ったんだけどなー。

インタビュー終わってスタジオにカメラ移ると、なぜか峯田が脱いでる。
バンドの演奏が入って、峯田のスイッチオン、絶叫。
チンのギターソロをバックに、謎の動き。

そしてキャスターの机に飛び乗って、再度の絶叫。
しかもそのタイミングで放送終了。このタイミングは出来すぎだった。

なんか、こう、普段ライブでやっていることを、そのままやっている感じがした。
そんな光景を、公共の電波を通して目にすることが、凄く新鮮だったのを覚えてる。

何だかんだであのテレビ出演、インパクトあったんじゃないかな。
あれをきっかけにファンになった人がいるのか、気になるところだけど。
少なくとも、僕はあのテレビライブ、本当に良かったと思っている。
何より、熱さがあった。それに尽きる。


今回のかまってちゃんのテレビ出演も、間違いなくインパクトはあったと思う。
しかしながら、数多くのアンチを作ってしまったのは、事実。
ここから彼らがどのようなメッセージを大衆に対して発しながら、
どのような活動をしていくのか、楽しみではある。

せっかく素晴らしい才能を持っているのだから、変な立ち止まり方をせずに、
どんどん作品を作ってもらいたい。

峯田みたいに、何回も作っては壊すなんてことをしてほしくない。


銀杏BOYZ 「光」 NEWS23出演動画



銀杏BOYZ 「光」 PV
峯田がもの凄い思い入れを込めてレコーディングした曲。
彼のブログを見て、発売日をワクワクしながら待っていた日々が懐かしい。

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銀杏BOYZ 「東京」

今日は雪が降ったので、会社を早く帰らされることになった。
交通機関や道路がストップして帰れなくなる事態を想定して、とのこと。
そういや子供の頃、雪降ったら学校休みになったり、午前中で終わったりして、嬉しかったのを思い出す。

とはいえ、今の僕、早く帰れるの、全然嬉しくない。
まだやり残している仕事がいっぱいあるのと、雪の日だからといって、
友達と外ではしゃぎ回るような歳ではもうないみたいだから。

酒を飲む気にもならなかったので、まっすぐ家に帰ってきた。
でも電車の中から見る景色、とても綺麗だった。


僕は、雪の白さがたまらなく好きです。

この世に白と呼ばれるものは多々あるにせよ、僕は生まれてこのかた、
雪以上に美しい白というものを見たことがありません。

札幌に住んでいた大学時代、冬はなんだかんで寒いし、道路つるつるだし、
毎年憂鬱になることは多々あったけど、でもやっぱり雪の白さの美しさは、
そんなことなんてどうでもいいような気分にさせる、そんな凛とした力強さがあった。

札幌市内からは手稲山という山が見えるんだけど、
純白に覆われたその稜線を眺めながら、歩いて家に帰るのがとても好きだった。
酔っ払って友人達との帰り道、雪の中にダイブなんてこともよくやった。

でもそんな雪の白さも、
車のタイヤや人間の靴裏や、酔っ払いの立小便で、汚れていきます。

しかもとても簡単に。
白というものは、あまりにも無垢で無力であるが故に、いつまでもその姿を留めておくことが出来ない。

僕はそんな雪の刹那がたまらなく好きだった。


僕が北海道の大学に行ったのは、
そのまま北海道で職を見つけて北海道に住みたいと思ったからである。
自分の両親は北海道の生まれで、退職したら北海道に戻ることを知っていたし、
従兄弟を初めとして親戚連中はみんな北海道に住んでいた。

僕が北海道の大学に受かったことを、僕の両親を初めとして、
親戚のみんなは本当に喜んでくれた。

そんな僕ではあったけど、なんだかんだで自分なりに挑戦したいことが湧き上がってきて、
それが北海道では実現できないと思って、また本州に戻ってくることになって、
何だかんだで何にも為すことが出来ず、もう6年の月日が経とうとしている。

そんな僕の境遇もあって、こちらで雪が降った日には、
雪の美しさに改めて感激しながらも、そんな北海道に抱いた僕の憧れや敬意というものが、
また湧き上がってきて、自分の人生について改めて考えさせられたりもするのである。


今更僕が語るようなことではないんだけど、人間は汚れていく。
真っ白く愛情を注がれて生まれてきた人間も、様々な葛藤や妬みや欲望の中で、
灰色の感情の塊を身体の中に溜め込みながら、育ち、生きていくことになる。

人間として生きていくための倫理、そんなことを無視して自分の思うがままに生きていければ、
きっと真っ白のまま生きていけるんだろうけど、そんなことはこの日本では許されるはずもないし、
そんなこともしたくはない。

僕が取りうる選択肢は、ただそんな汚れた自分を認識しながら生きていく、ということだけだった。
決してそれは悲観的なことではなくて、凄く強さが必要とされる行為だった。

でも、汚れきってしまったと思える自分でも、
真っ白になれる瞬間というのが感じられたのも事実で、
それは自分のためではなくて、誰かのために、何かをしてあげようとするときだった。
当然その「瞬間」には、そんなことは全く感じることはないんだけど。

真っ白になれる瞬間。

僕はどんなにどうしようもない人間であっても、
きっと誰しも、雪のようになれる瞬間ってあるんだろうなって信じている。


帰ってきて、僕はずっと銀杏BOYZのアルバムを聴いている。
2005年1月、『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』『DOOR』の二枚のアルバムがリリースされた。
僕はこの二枚のアルバムと共に、札幌を発って、こっちにやってきたといえると思う。

とにかくこのアルバムは、めちゃくちゃに聴きまくっていた。

銀杏BOYZに深く傾倒している人って、すごく勝手なイメージで失礼な言い方になるんだけど、
どこかしら心に闇を背負っていて、自分の汚れに敏感な人が多い気がする。
かくいう自分もそういうタイプの人間なもんで。
なんか胸の奥にモヤモヤした何かを飼っているというか。

そんな人間にとって、彼らのこのアルバムは、とんでもない衝撃だった。
彼らは、葛藤や妬みや欲望を包みことなく鮮烈に吐き出していた。
峯田ってすごく頭のいい人間で計算もちゃんと出来る人だと思うんだけど、
でも明らかに頭で考えているだけでは決して作れない音楽を、彼らはやっていた。

僕は当時の彼らの音楽を聴いて、すごく真っ白な音楽だと思った。
なんてたまらなく純真で、美しいんだろうって思った。

無垢な少年性を懐かしむのではなく、汚れてしまった今の自分を肯定する、
僕は勝手にそんなメッセージを受け取って、
泥臭くも自分は自分で必死に生きていこうと思った。


「東京」という曲がある。

前も書いたかもしれないけど、僕は札幌時代の最終年にある女の子と出会った。
色々とあった後、秋くらいにはお互いに会わなくなっていたけど、
僕が最後に札幌でライブをやったとき、彼女はどこから聞いたのか分からないけど、
そのライブを観にきてくれていた。

ライブが終わって、来てくれた友人達と僕は外で笑い合っていたんだけど、
彼女が僕のところにやってきた。
周りの友人達も気を使ってくれたのか、その場からいなくなって、僕は彼女と二人になった。

正直な話、お互いどんな会話を交わしたのかは全く覚えていない。
しばらく会っていない間の身辺報告や、四月からのことを話していたんだと思う。

一通り話終わった後に、僕らはお互いに不思議と話すのをやめた。

僕は彼女を見つめた。
僕がどんな表情をしていたかは分からないけど、彼女は目に涙を浮かべていた。

僕は終わりを感じた。
色々と会って数え切れないくらいの思い出を与えてくれた、札幌での生活の終わりを感じた。

最後に僕達はハイタッチをした。僕は色々な思いを込めて。
そして階段を降りていく彼女の姿をずっと見つめていた。
彼女とはそれ以来二度と会ってはいない。

外にはまだ雪が残る、三月の札幌の日。

この曲を聴くと、僕はそんな日のことを思い出す。


今日の文章、なんか病的な感じがして公開するか迷ったけど、やっぱ記録として残しとく。
本当に俺、31なのかよ…。


B0006TPGTK君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命
銀杏BOYZ
UK.PROJECT 2005-01-15

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銀杏BOYZ 「東京」
ヘタクソな歌と演奏だけど、技術なんて音楽にとって副次的なものに過ぎないということに
改めて気付かされる素晴らしい歌と演奏だと思います。

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銀杏BOYZ 「No Future No Cry」

毎週ある曜日に車を運転するんだけど、夜中にこれまた毎週道路工事が行われている。
もう3週目。いつまでやるんだって感じである。

道路工事に関しては全くの素人なので、工事の必要性や工期に関してはよく分からないんだけど、
ムダな公共事業として槍玉に挙げられる先鋒格なので、それなりにムダがあるのだろう。
年度末になると色んなところで地面の掘り起こしが行われるのは恒例の風景である。

では、その作業としての工事にムダがあると仮定するとして、
それでも公共事業というものがムダであるかというと、必ずしもそうはいえない。
税金の循環による再分配という機能があるからである。

公共事業がなくなると建設会社の仕事は減り、従業員の給料は減り、経営が悪化すると首を切られる。
例えムダがあるとは分かっていても、劇的に公共事業を減らすと失業者が増加し、
社会不安が生じることが想像に難くない。

失礼な物言いになるけど、ある程度の歳まで建設一本でやってた人が、
他業種に簡単に転職できるとは思えない。
一方で若い人間は柔軟性があるが故、色んな意味で、まだやり直しが利く。

仕事のパイが減っている業界では若い人間からやめていくので、会社に残る人間の高齢化が進む。
歳食った人からリストラすりゃいいのではって考えもあるけど、
リアルに路頭に迷う可能性がある世の中だから、なかなか簡単ではない。

従業員の雇用を優先すると、必然的に新規雇用は減る。
雇用機会を喪失させるということに関する罪意識は、実感としてそれほど大きくはないこともあるし。


建設業に限らず、多くの業界ではこのような軟着陸の過程にあるのではないかと思ったりします。
成熟期から衰退期へ。メーカーにいる人間がこんなこと言うのもなんですが、
もう日本でこれ以上作るものがあるんだろうかって疑問が湧いてくるときがあります。

実際、今の経済は中国を初めとした、いわゆる「途上国」の成長に依存して動いている。
そこに需要があるから、日本人はまだ食べていける。

でも恐らく現地メーカーの成長によって、日本が出る幕は相対的に小さくなっていくだろうし、
日本も現地での生産を進めていくであろうから、
国内での生産という観点ではもう昔のような隆盛はないのかもしれないと思っていたりする。

メーカー開発者としての人生を考えるならば、海外に飛び出した方が面白いんだろうなって思ったりする。
日本という国は先も述べたけど「軟着陸」の過程にあると考えているので。


僕らに未来はあるのだろうか。
これから生まれてくる子供達に未来はあるのだろうか。

やるべきことはおぼろげに見えているのに、それが出来ない自分に苛立ったり。
社会ってあまりにも大きすぎる。

さて、飲みに行こう。


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銀杏BOYZ
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銀杏BOYZ 「No Future No Cry」 音のみ

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銀杏BOYZ 「夢で逢えたら」

久しぶりに買い物なんぞにふらっと行って、色々と買う。

メガネ屋で店員に唐突にどんなのお探しですかって聞かれたから、
答えに困って、変なメガネ探してますって答えたら、困りながらも色々と薦めてくれた。
買ったのは比較的まともなものだったけど。ごめん。

そんなこんなで買い物して、まだ映画観れそうな時間だったので、三軒茶屋の映画館に行く。
1300円で比較的新しめの映画が二本見れるところ。お得。
三軒茶屋って街が好きなこともあって、普段映画を観ない僕だけど、一時期ここには通ってた。

お目当ての映画は「色即ぜねれいしょん」。
みうらじゅん原作、田口トモロヲ監督は、あの「アイデン&ティティ」と一緒。
まあ、面白いのは間違いないだろうと思って。何で新作で観なかったんだろう。自分でも謎だ。


映画の内容は、相変わらずのみうらじゅんワールドって感じだった。
テレビでは多分放送されない。高校生レベルの煩悩、そこからもたらされる下ネタが満載で面白い。
あんな会話してたよなーって、誰しも思い当たることがあるような青春賛歌。
ボブ・ディランもまた出てくる。伏線っぽいけど、よく分からない設定も多数。

峯田がいい役もらってた。一時期の教祖様みたいな髭と長髪はあの役作りのためだったのね。
高校生3人と峯田が酒を飲んで語り合うシーンが良かった。
このシーンも、自分の昔と重なり合うようで、なんかじーんときた。
男同士、酒に溺れてアホみたいに熱く語り合うこともあったなーって。

くるりの岸田は変な役もらってた。
ヒッピーの家庭教師。なんだそれって突っ込みたくなるような設定。
結果的に面白いキャラに仕上がってたけど。


「色即是空」がこの映画のテーマだけど、仏教高校の教師はこう語っていた、
「白けるかもしれないが、この意味は、今を生きるってことじゃないかな」

この言葉を聴いた主人公は一人で文化祭で歌うことを宣言する。
そっからのストーリーはベタだけど、観た後に爽快感が残る。

いい映画だった。DVD化されるみたいだし、観て損はないと思います。
ちなみに主役の子、黒猫チェルシーってバンドのボーカルみたいですね。
ステージングは甲本ヒロトあたりに影響を受けていそうで、結構パンクです。
どうりで文化祭ライブのパフォーマンス、こなれてる訳だ。

B002W5WRSO色即ぜねれいしょん [DVD]
バンダイビジュアル 2010-01-27

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黒猫チェルシー 「嘘とドイツ兵」



映画では、峯田作詞作曲の曲も挿入されていた。
「旅に出よう」って曲だったかな。峯田がギター弾いて、ユースホステルの客全員で歌ってた。
相変わらずのメロディが素晴らしい曲だった。この人やっぱ天才的だ。

俳優の峯田も魅力的だけど、やっぱり作曲家、演奏者としての峯田が見たい。
「ボーイズ・オン・ザ・ラン」もいい曲だったけど、やっぱりアルバムが聴きたい。
いつになったら出るんだろうか。

最初の2枚みたいな衝動は彼らにはもうないんだろうけど、
いい意味で期待を裏切るようなアルバムを作ってほしい。


帰り道『DOOR』を聴く。相変わらずとんでもない名盤だった。
全部名曲なんだけど、メロディだったら「夢で逢えたら」。
これ聴いたときは衝撃だった。胸がいっぱいになるような切ないメロディとアレンジ。
最後のサビの転調なんて素晴らしすぎる。

歌詞も切なくて青臭くて最高。
何回聴いたか分からないくらいに聴いた、思い出の曲。


夏の終わりが君をさらってゆく 君の香りだけを残して
夏の終わりが君をさらってゆく 夜の波をこえてゆくよ

夢で逢えたらいいな 君の笑顔にときめいて
夢で逢えたらいいな 夜の波をこえてゆくよ


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銀杏BOYZ
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銀杏BOYZ 「夢で逢えたら」 音のみ

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プロフィール

捕鯨船団

Author:捕鯨船団
1979年生まれ。
東京都町田市在住。
電子部品の技術開発に従事。

30超えにも関わらず、
楽器をドラムに替え、
学生時代以来のバンドを始めた
今日この頃。

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