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野狐禅 「泪橋」

今日は今の職場の最終日だった。

次の職場はすぐそばの建物にあるので、特に寂しさはなかった。
引越しは歩いて二往復して、終わり。
新しい職場の課長に「明日からよろしくお願いしまーす」と挨拶し、旧職場に戻る。

今日は先輩の見舞いに行くつもりだったので、早めに上がらせてもらった。

最後に課長に「今までありがとうございました」とお礼を言ったら、
鋭い目で僕と視線を合わせて、そしてまた視線を外し、「おう、頑張れよ」と言ってくれた。
きっと照れ臭かったんだろうな。何だかんだでちょっと感傷的になる。

最初の課長がこの人で良かったんだ、きっと。感謝の気持ちを抱く。


最寄り駅から電車に乗り、都心に向かう。
こんな明るいうちに会社を出るの、久しぶりだなって思う。

ちょうど日が落ち始めて、西の空がうっすらと紅く染まるくらいの時間だった。
ビルやマンションの裏には茜色の空。そしてそれらを照らす太陽。

都会の景色は決して捨てたもんじゃない。
電車の窓から瞬間を切り取られ流れていく、美しい景色を呆然とただ見つめていた。

急行電車に乗り換えるために一度ホームに降りて電車を待つ。
その駅のホームからは川が見える。
そして川の上には、決して切り取られることのない空が広がっていた。

いい景色だなあとずっと見つめているうちに、僕の目の前には電車が横切り、停車し、
そしてあの美しい景色は、また電車の窓に切り取られ、流れ、手の届かない景色となった。

決して暗い心境ではなく、ポジティブに、永遠の幸せなんてきっとないんだって思った。

今まで生きてきて、とても幸せで、時間が止まってほしいと思う瞬間があった。
でもそういった幸せというものは、決して続きはしなかった。
僕は年をとるし、何より時間というものはただひたすらに流れていく。太陽なんて毎日沈んでいく。

だからいいんだよなって思った。いつもいつも幸せじゃなくてもいい。
時に幸せならそれでいいんだって思った。


入院している先輩に会い、話す。
とにかく、暇だと言う。

他の入院患者さんとも仲良くなって、おっさん達とは一緒に高校野球観て、
おばちゃん達とは韓流ドラマ観てと、色々と楽しいことはあると言っていたけど、暇だと。

そして先輩、とにかく仕事がしたい、と言った。
辛い思いもして、さんざん愚痴も言って、上司と衝突もしてたけど、
でもやっぱり早く仕事がしたい、と言った。

僕は働くということが嫌いではない。
高校時代、そして大学時代にバイトをしてたけど、働くことは決して嫌いではなかった。

もちろん働くのは、生きていくために金を稼ぐため。
とはいえ、それ以外の目的がきっとある。

一生働かないで暮らす生き方を僕は否定しない。
でも僕は働いて、仕事をして暮らしたい。
先輩と話していて、僕はその考えを強くした。

人生なんて、壮大な暇つぶしなんだ。
その暇つぶしの中で、働いて暇をつぶせるなんて、すごく幸せなことだと思った。
それがもし社会の役に立てるのなら、尚更幸せだと思った。

そんなことを考えた。


生き帰りの電車の中、僕は野狐禅をずっと聴いていた。
札幌時代に出会って以来、ずっと僕の心の支えになっていたバンド。
こういう節目節目にはいつも彼らの音楽が聴きたくなって、そして何ともいえない感情を抱いた。

自分が感じていることを自分の代弁者のように歌ってくれていたバンド。
そんなバンドに出会えたこと、それもまた幸せなことだったんだと思った。


神様に駄々をこねるよな バカにならないように
諦めることを知らない バカになろう
失うものは何もないと 誇らしげに語るような バカにならないように
守るべきもののために 全てを捨てられる バカになろう

泪橋 逆さに渡ろう… いつの日か


こうして3月もあっという間に終わった。

春というには、今年はまだ寒すぎる。
でももうすぐ桜が満開になり、春がやってくる。
もう数えるのも嫌になるくらいだけど、再び春がやってくる。

人生というもの、なかなか捨てたものではないと思う、今日という一日。


B000666XAO東京23区推奨オモイデ収集袋(通常盤)
竹原ピストル
ビクターエンタテインメント 2004-11-17

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野狐禅 「泪橋」 2005年のライブ
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野狐禅 「鈍色の青春」

引越しがほぼ終わった。
部屋探しをしてから2週間。あっという間に色々あって、
今、新しい部屋で、初めての夜を過ごしている。

金曜の夜から今まで、ほんとに慌しかった。
引越しに対する高揚感を感じている余裕は無く、目の前にやるべきことを、
ひたすら合理的にこなし、身体を動かしてきた。

しかしながら、そんな無感情な引越しの最後に、印象に刻まれたことがあった。


新しく住む部屋の荷解きがほぼ終わり、暫定的なレイアウトが出来た状態で、
部屋を掃除するために、古い部屋に戻った。

もうこの部屋に入ることはない、と分かっていながらも、対した感情の高ぶりもなく、
迫り来る時間におびえながら、淡々と掃除を続け、とうとう部屋は空となった。

そして心の中で、じゃあな、とつぶやきながら、
玄関のドアに鍵をかけようと振り返って、もう一度、空の部屋を眺めた。


そのとき、身体に戦慄が走った、確かに。
過去の自分が、この部屋で生活している様が浮かんでは、消えたような。
あれはいつの日の自分だったんだろう。

もう一度、僕は部屋に入って、部屋の電気を付けた。
そのとき、初めて僕は感傷的な気分を覚えた。一抹の寂しさ。


僕は、古い部屋に3年半住んでいたことになる。
それはちょうど社会人2年目から今に至るまでの期間。

この部屋に住んでいくにつれ、僕の心はどんどん荒んでいった。
初めてこの部屋に入ったとき、僕は会社での生活に対して、希望に満ち溢れていた。

上の人が知っていて自分が知らない知識があることがたまらなく嫌で、
あの頃はほんとによく調べ物をして、勉強をしていた。受験勉強してた時代のように。
会社で発表がある前は、土日まるまるパソコンに向かうなんてこともザラだった。

いつしか時が経つにつれ、自分だけではどうにもならないことがあることを知ってしまった。
上司と設定した目標に対して、その目標を達成すればそれでいいと思ってた。
そんな目標に対する結果というものは、もっと上の人たちの意向で、
いくらでも意味がなくなってしまうことを知ってしまった。

現実の会社生活は、学生生活に想像していた以上に、厳しかった。
要するに昔の僕は理想を振りかざす、青二才だった訳である。


そんな中で自分は何をすべきか。悩み考えた。
何回も何十回も会社を辞めようと思った。
でも僕が出した答えはシンプルだった。

まずは現実を知ろうと。今の会社で、現実というものを知ろうと、思った。
会社における現実。社会における現実。広くは、資本主義における現実。

製造業という業種は、そういった現実というものがよく透けてみえます。
次のステージで闘うのに、現実を自分なりに理解することが、今自分がすべきことだと考えた。
次のステージが今の会社なのか、もっと別な組織なのかは分からないけど。

そんな感じで会社生活を続けることで、大分気持ちは楽になってきた。
この不況下における、上層部の人たちの決断を見ることが出来たのは、大きな収穫でした。
そういった決断に対して、自分ならどうする、と問いかけながら、
日々を過ごすことは大いなる勉強になったことに違いはありません。


そんなこんなの生活と共にあった、部屋。
この部屋では、大して良いことはなかったけど、特に悪いこともなかった。
でも、やっぱり去ることに対しては、寂しさがあった。

僕が部屋を去るときに、過去の自分の姿を見るような気がした、と先に書いたけど、
それはこんな問いかけだったように思えてならない。

今の自分は、昔の自分に胸を張って、なりたい自分になっていると言えるのだろうか、と。

なかなか痛い問いである。
なんともいえない思いを抱き、僕は部屋の鍵を閉めて、古いアパートを去った。


新しい部屋に来て、今、野狐禅を聴いている。
札幌での大学院時代、さんざん聴いていた曲を、聴いている。
そして、昔の自分に恥じないような自分でありたいと、思うのである。

野狐禅の曲には、自分ではとても口には出せない言葉を、
彼が代読してくれているような感覚があった。

彼らの曲を聴いていると、昔の自分と会話しているような気になる。
彼らの音楽と、僕の青春はリンクしていたのである。
札幌を去る直前も、僕は彼らの曲を聴いていた。

今日から新しい生活。未来は不確かに、進んでいく一方である。
やるしきゃねーな。


カーテンからはみ出した夕日の真赤
このわびしい直方体をまっぷたつにぶったぎっていくさまを

しばらくは黙って見つめていたのですが
とうとうこみあげてくる感情を抑えきれなくなり
私にとってもはや禁句とさえ思えるその一言を思わず口にしてしまったのです

鈍色の青春
生きてもないのに
生きてもないのに死んでたまるか


B000Y1GCHU鈍色の青春
野狐禅
ビクターエンタテインメント 2007-12-19

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野狐禅 「鈍色の青春」 LIVE



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野狐禅 「拝啓、絶望殿」

野狐禅が解散してしまった。

竹原ピストル氏のブログより解散に関するコメント。
彼らの音楽に興味は無くても、偶然ここに辿り着いた人に見てもらえたらと思います。
http://blog.goo.ne.jp/pistol_1976/e/bcb844aa886a18dc49c8623daf021f85

このままでは死んでいるのと同じだろう。
生きるとは、何か一つの夢に向かって全情熱をぶつけ続けること、
全力疾走し続けていくことではないだろうか。
そういった意味でしっかりと生きていこう。

野狐禅は、このような思いで結成されたバンドであると述べられている。
僕はそのような思いが直接的に投影された、彼らの音楽の虜になり、魅了されてきた。

続けてピストルは、
日々を重ねるにつれて、ゆとり、幅をもちながら変化していく、
今現在の自分に葛藤を抱くようになったと述べている。


3rdアルバム『ガリバー』において、彼らの歌のテーマは変化した。
ドロドロした「生きる」ことに対する渇望を、直接的に吐き出すような歌詞は後退して、
彼女に対する想いを初めとした、日常的な幸せ、悲哀、友情を綴るようになった。

このアルバムを最初に聴いた当初は、軽く憤ったものである。
こいつら変わっちまったー、と。
象徴的だったのが「東京マシンガン」の歌詞だった。

例えば週末の都内某路線最終電車
粘ついた吊り革にぶら下がっては
酒臭い息を垂れ流しやがる東京共をダイナマイトでブっ飛ばす!
…そんなクソみたいな空想にふけっていた あの頃の私は もういないんだ


アルバムを何回と繰り返しているうちに、彼らは何も変わっちゃいない、
歌うテーマが変わっただけで、「生きる」ことに対する真摯な姿勢は変わってはいない。
いつまでも絶望と葛藤の中で初期衝動を滾らせるなんてことは不可能だし、
歌うべき内容が変わっていくのは当然のことなんだと、当時は理解した。

今にして見れば、この頃にも彼らの葛藤が既に表面に湧き出ていたんだろうな、と思う。

「ガリバー」が出た後、東京キネマ倶楽部という場所で彼らのライブを観たんだけど、
そのときのライブは、激しさと優しさが同位した、本当に感動的な演奏だった。
社会人生活がまだ浅い時期に観たこのライブは、僕にとって大きな影響を与えることになった。


そんなこんなのうち、彼らはメジャーレーベルを離れて独立し、
ライブはやりながらも音源に関する音沙汰はしばらく無く。

そして4th『野狐禅』をリリース。

『野狐禅』では、抽象的に状況を写実し、聴き手に解釈を委ねるような歌詞が増えた。
ライブでも弦を切るような激しさは後退し、どちらかといえば静かに丁寧に音を紡ぐようになった。
そんな彼らの変化を感じてはいたけど、まさか解散に至るまでは想像の外だった。


特にピストルに言えるんだろうけど、彼らって本当に正直なんだろう。
自分の音楽に嘘は付きたくないというこだわりには頭が下がる想いである。

ここまで真剣に音楽をやっていたから、僕を含めて、
人数としてはそれほど多くないにせよ、
彼らの音楽に陶酔し、熱狂的に彼らを支持する人間が存在したのだろう。

今日は、札幌時代、大学の行き帰りで腐るほど聴いていたアルバムをリピートした。
このアルバムを最後まで聴くために、わざと回り道をしたり、公園に寄ったりしたものである。
昔の自分の葛藤を振り返るような想いで、彼らの曲を聴いた。

「拝啓、絶望殿」を繰り返しリピートして、情熱を燃やした自分を思い出す。
あのときの気持ち、思い出さないとなー。

とにかくお二人、おつかれさま。そしてありがとう。


何かに命をかけてみようと思います
今はまだ何に命をかけるべきかが分からない僕ですが

それでも堂々と胸を張って
何に命をかけるべきかを 命をかけて探してゆこうと思います


B0000QWYBC鈍色の青春 (CCCD)
野狐禅 竹原ピストル 濱埜宏哉
ビクターエンタテインメント 2003-12-03

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野狐禅 「拝啓、絶望殿」 2005年LIVE



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野狐禅 「じゅうじか」

野狐禅のライブに行く。
長時間ライブは久しぶりだった。

彼ら、昔と比べて変わってきていると思う。
かつての僕は、札幌時代、衝動的に叩きつける彼らのライブに魅了されていた。
今日はそんな破壊的な演奏ではなかった。

その分、一音一音、一言一言を、彼らはより大事にするようになった。
ピストルの歌は言葉を丁寧に紡ぐようになったと思うし、
ギターとキーボードは繊細に且つ激しく鳴らされていた。
語るようなサビにアレンジされた「自殺志願者…」が象徴的だった。

昔の彼らは良かったけど、今の彼らもやっぱり素敵だ。
音楽に対する姿勢に関しては、今も昔も変わっていない。
そして、あの緩い二人の掛け合いも昔から何も変わっていない。

今回のアルバム『野狐禅』にも感じたが、彼らは今、成熟期にあるのだと思う。


比較的今回は冷静にライブを観ていたので、セットリストなんぞの作成を試みる。
今日のライブを捉え返して余韻に浸るために。

…と思ったが難しい。
ブログなんかにセットリスト載せている人がいるけど、あれ凄い。
中盤あたりの順番は覚えてない。後で答え合わせだな。

2009.4.7 @渋谷 ON AIR WEST
トレインとレイン
ローアンドロー
自殺志願者が線路に飛び込むスピード

春夏秋冬
ならば、友よ
スタンド・バイ・ミー
気付けなかったよ、ごめんね
シーグラス
札幌処刑台
あじさい
フライング蝉
じゅうじか
日々、割れた日々
鈍色の青春
東京紅葉
初恋
東雲

カモメ
青春ゴーズ・オン
高校三年生
少年花火
泪橋
ぐるぐる

特にアンコールの流れは良かった。
「高校三年生」はぐっと来た。この時期にぴったりの曲だ。

こうやってセットリスト眺めるとみんないい曲だなーと感心。
例えば「じゅうじか」なんかは胸に響いた。
いつものことだが。


“朝日に照らされれば照らされるほど暗くなってゆくものって な?んだ?
答えはこの暮らしです”とかなんとか
ブツクサ言いながら カーテンを開けた

ため息ひとつ 夜道を歩く
ため息ふたつ トボトボ歩く
ああ こんな時一心不乱 神様にすがりつけるような強い人間だったらな


ピストルの書く詩は本当に素晴らしい。
否が応でも情景が目の前に浮かんできて、そこに自分の姿が現れる。

札幌出たときから何も変わってねーな。
早く次のライブが観たい。


B000FIHCEEガリバー
野狐禅
ビクターエンタテインメント 2006-06-21

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野狐禅 「じゅうじか」



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ジャンル : 音楽

野狐禅 「少年花火」

野狐禅と出会ったのは大学院2年のときだった。

うちの研究室は実験さえやっていれば、音楽は聴き放題、タバコは吸い放題と
今思えばかなりいい加減で恵まれていた環境だった。
とある日、電子顕微鏡による断面観察をいつものようにラジオを聴きながらやっていた。
そこでNorth Waveのお姉さんの紹介の後に流れてきたのが野狐禅であった。

これは衝撃だった。

ピストルの声と歌詞が胸に刺さる刺さる。
アコギとキーボードそしてドラムという音数の少ない音楽だからこそ、
より歌が心に響いたのだ。

僕は彼らのCDを購入し、繰り返しアホみたいに聴いた。
当時歩いて学校まで45分くらいだったから、丁度片道でアルバム1枚分である。
「鈍色の青春」
「自殺志願者が線路に飛び込むスピード」
「少年花火」
「キッズリターン 」
「拝啓、絶望殿」
アルバムの曲はお世辞ではなく全部好きだったが、特に上記の曲は完全に心を掴まれた。

生きてもねえのに死んでたまるか

このフレーズが頭の中をぐるぐる回っていたのが、僕の24歳夏冬春であった。
以来仕事で神奈川に来ても彼らのアルバムは買い続けてるし、ライブも毎年行っている。
僕は彼らが辞めるまで彼らの作る音楽を聴き続けようと思っている。

母ちゃんはいつも
「いい加減大人になりなさい」と僕に言うけど
安心してください 僕はもう
彼らの輝きを直視できない
ダサい大人になれましたよ

「少年花火」は今の僕の胸に問いかけてくる。そして思う。
ダサい大人にはなるまい。精一杯抵抗してやるんだ。

B0000QWYBC鈍色の青春 (CCCD)
野狐禅 竹原ピストル 濱埜宏哉
ビクターエンタテインメント 2003-12-03

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野狐禅 「少年花火」LIVE




こんな動画がありました。面白いです。3:25あたりから。


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プロフィール

捕鯨船団

Author:捕鯨船団
1979年生まれ。
東京都町田市在住。
電子部品の技術開発に従事。

30超えにも関わらず、
楽器をドラムに替え、
学生時代以来のバンドを始めた
今日この頃。

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