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bedside yoshino 「ナニクソ節」

昨日の夜、新宿に行ったんだけど、土曜の夜にしては人は少なかったにせよ、
それなりに人が集まっていた。

僕の近所のスーパーの棚にも米こそ置いてはいないけど、
カップラーメンやパスタや蕎麦のような乾麺、パン類、そしてトイレットペーパーは普通に置いてあるし、
コンビニも空の棚はなくなって、パンや弁当も普通に売っている。
飲食店も看板の明かりは付いていなくても、普通に営業している。

少なくとも土日に関しては、各方面の節電のおかげで、停電することはなさそうだし、
全く不便を感じることはない。

問題は平日なんだけど、通勤に関しては、停電の影響を受けて電車が止まっている区間はあるにせよ、
全部の路線が止まることはなくなったから、
通勤に時間がかかったり、異常な混雑電車に乗る羽目にはなったけど、
会社の行き帰りは出来るようになった。

平日の停電に関しては、もう心の準備は出来ているし、なったらもう仕方ないくらいの境地。

何だかんだ今の生活には、慣れた。
街を歩いていて、寧ろ照明がギラギラ付いていると違和感を感じるようになった。
この期に及んで節電を心がけない店からは、絶対にモノは買わないし、サービスなんか受けない。

少なくとも東京では日常というものが戻ってきているように思える。


一方で、まだ今回の震災は決して終わってはいない。

行方不明者の捜索は今でも続いているし、死者行方不明者の数なんて
日に日に増えていて目まいがするくらいである。
被災地への支援物資の支給も輸送が困難な地域では滞っているみたいだし、
地震や津波に続いて、新たな困難に立ち会っていることは間違いない。

福島原発の件に関しても、方向感が見えてきたことは間違いないけど、
決して事態が収拾したわけではないし、危険な状態にあることは変わりない。

余震はまだ続いているし、震災は今でも続いていることは間違いない。


震災は現在進行中なのに対して、自分は日常に戻りつつある。
後ろめたい気持ちはあるけど、でもそれは仕方ない。割り切るしかない。

各人が大事だと思う人が困難にぶつかっているとき、
その人が立ち上がることに対する手助けは絶対に出来るし、やるべきなんだけど、
各人の日常をずっと止めている訳にはいかないと思う。
それぞれの人間は、それぞれの使命に基づいて日常に帰り、生きるべきだと思う。


日常が戻りつつある現在、直接生きるために必要の無いものに対して、
どうあるべきか、様々な議論があるように思う。

こんな状況の中で、テレビ局はバラエティ番組なんてやっている場合なのか、
パチンコ屋は電気を垂れ流して営業をしている場合なのか、、
居酒屋で酒飲んで、カラオケ行って騒いでいる場合なのか、
野球なんてやっている場合なのか、そしてライブなんてやっている場合なのか、と。

僕はこの問いに関して、これらの娯楽(一括りで申し訳ないが…)を享受するのも、自粛するのも、
どちらが正しいなんて、とても答えが出せるとは思えない。

自分でこんなこと書くの嫌になるんだけど、
自分の本音として、やっぱり自分の人生、ただ生きるだけじゃつまらない。
家にこもっているんじゃなくて、外に出て色んなことをしたいと思う。

聖人でもなければ、絶対これ、多くの人の本音だと思う。
被災地の方々に対して、何て失礼な考えなんだろうと思うけど。

結局多くの人は被災地のことを思う気持ちと、自分の欲求とのせめぎ合いに折り合いを付けて、
徐々に娯楽を享受する心理的な余裕を得て、本当の日常に帰っていくんだと思う。
その本当の日常に帰るタイミングについて、はっきり言って、各個人の感情の問題であるから、
人によって絶対に意見が異なるはず。

だから僕はこの件については、簡単に白黒つけられる話じゃないし、
一概に娯楽を享受している人を責めようなんて、一切思わない。

ただ、空気を読むことだけは大事だと思う。
極めて日本人的な発想だけど、日本全体が復興に対して一丸にならなくてはいけない時期に、
冷や水を浴びせるような行動や言動は慎むべきだし、僕も慎みたいと思う。

こんな記事を読むと、そんなことを考える。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110316-00000005-jct-soci


あと一応書いとくと、計画停電が続く中で、
電力を食うようなイベントは自粛すべきって意見は正論だし、その通りだと思う。
土日はまだいいにしても、電力使用量が最も多いと言われる夕方から夜にかけてのイベントは、
延期したり中止したりって対応は必要なんじゃないかって思う。

東京ドームで相当な電力使ってナイターやってる一方で、停電地域があるって、
やっぱ普通の人が怒るのは無理ないと思う。たぶんセリーグの人気は凋落の一途だろうな。


先日シンディ・ローパーが東京でライブをやった件について。

僕は正直、時期尚早だと思った。
まだ東京は不安と混乱が残っていたし、東京の日常は、決して戻ってはいないと思ったから。
でも、彼女は強い思いでライブを決行した。

でも彼女のコメントを読んで、僕は彼女が間違ったことをしているなんて、全く思わなかった。
彼女なりの決断を、僕は決して否定しない。
http://ro69.jp/news/detail/49070

東京で仮にライブをやったにしても、決して被災者の人達の助けにはならない。
被災者の方々の耳に入ることはないし、生き死にの狭間にいる方々にとって、
今一番必要なのは決して音楽ではないと思うから。

でもシンディのメッセージを受け止めて、被災地の方々のことを想い、
そして日本の復興のために自分の為すべきことを見つめ直す人はきっといたと思う。
音楽にそういった力はきっとある。僕はそう確信している。
彼女が日本を応援する気持ちで強行したライブは、きっと日本の助けになる。


僕の好きなミュージシャン、eastern youthの吉野寿とZazen Boysの向井秀徳が、
それぞれネット上に彼らのメッセージを体現するかのような音楽をネット上に発表していた。

彼らの仕事は音楽。彼らがやるべきことは音楽であって、
そう考えたからこそ、このような形でこのタイミングで彼らの音楽を発表したんだと思う。

先にも書いたけど、彼らの音楽は被災地に直接届くことは無い。
でも、彼らの音楽を耳にした人間が、それぞれの取るべき行動を見つめ直し、結果的に復興の力となる。
僕はそんな音楽の力を信じたい。


そして僕は、日常を徐々に取り戻しながら、やるべきことをやるだけ。
自分だけ良ければいい、ではなくて、昔よりも周りを思いやる気持ちを心がけて。


bedside yoshino 「ナニクソ節」
吉野って歳を重ねるごとに、どんどんストレートな言葉選びをするようになっていると思う。
いい歳して何て青臭いこと言ってんだって笑う人もいるかもしれないけど、
僕はそんな彼の姿勢に胸打たれる一人なのであります。

この歌詞、すごくぐっときました。

俺達が今、立っているのは
そうだぜ!! 世界のド真ん中さ!!
膝が震えるのは 生きてる証さ!!
握り拳は闘いの決意さ!!




向井秀徳 「ふるさと」
あの「ふるさと」を向井なりのメロディに乗せた弾き語り曲。
向井ってこんな綺麗な歌い方出来るんだって、驚きだった。
彼のメッセージは、正にこの曲の中にあるんだと思います。
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テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

プロフィール

捕鯨船団

Author:捕鯨船団
1979年生まれ。
東京都町田市在住。
電子部品の技術開発に従事。

30超えにも関わらず、
楽器をドラムに替え、
学生時代以来のバンドを始めた
今日この頃。

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