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The Blue Hearts 「ロクデナシ」

※今日の記事は、自己中な記事です。御容赦下さい。


今年は実はそんなにあっという間という気がしない一年だった。
結構時が流れるのが長いと感じる時期もあったので。

去年から仕事人間になっているせいで、今年も仕事の思い出が多い。

とにかく去年は新製品の立ち上げで時間に追われる日々で、
冬場は月の半分くらい東北の工場に詰めていた気がする。
去年の12月は、クリスマス過ぎてからまた工場飛んで、最終日までずっと向こうにいたはず。
当然年が明けて、今年の3月までそんな日々が続いてた。

ただ、そんな日々が3月で終わって、僕は4月から新しい職場へと異動した。
当時、こんなことを書いていた。読み返してみて当時感じていた寂しさが蘇ってくる。
http://hogeisendan.blog63.fc2.com/blog-entry-363.html

現場と密に繋がった設計部門から、研究開発部門への異動。
完全に今までとは違う人達と絡んで仕事をするようになった。

とにかく自分にとって初めてのことづくしで、正直戸惑った。
完全に今までと異なる分野の仕事で、自分が何をすればいいのか分からない。
しかもまともに後輩と仕事のしたことがなかった自分に、部下が5人もついてしまった。
とてもじゃないけど、指示なんて出せないし、いきなり壁にぶちあたった。

当時のことも書いていた。
「こんなに長く感じた二ヶ月は、ここ数年なかったと思う」って書いていて、
やっぱりここら辺のイメージが、今年の時の流れが遅く感じさせたのかな、と思う。
http://hogeisendan.blog63.fc2.com/blog-entry-370.html

正直、自分もそこまでバカではないので、段々と自分の立ち位置が分かってきた。
外部から入ってきたコンサルの視点で、自分の部署の課題を捉えて、それを解決していくことにした。

出来たことと出来なかったことは半々くらいだけど、
でも間違いなくいい方向に持っていけたとは自負していて、
ある製品はきっぱり諦めてストップしてしまったけど、
標準品となりえる主力の製品については、競合他社よりも性能の良いものを作り上げることが出来た。

再来年の春くらいには、きっとその製品をお客さんが買ってくれて、
市場に出ていくことになるだろうと思う。
今はどんどんお客さんに売り込みをかけてるから、きっと採用される数も増えていく。

去年までやってた製品が最近世の中に出始めたけど、また新しい楽しみが増えそうだ。
当然量産に向けたハードルがあるから、また工場に詰める日々が続きそうだけど。


自分はリーマンショック前に転職活動をしていた。
理由は単純で、会社が嫌いだったからである。早く出たいと思っていた。

ただ、活動中にリーマンショックが起こって、
わざわざ求人が狭き門になったタイミングで自分を売る必要はないと思って、
もう少し会社で耐えてみようと思った。極端に言えば、空気のように生きようと思った。

多分ブログを始めたのも、そんな悶々としていた時期。
あの頃は経費の問題で早く帰れと言われていたから、何か始めようと思って始めたような気がする。
我ながら当時は下手クソな文章書いてたなーと思う。少し無理をしていたのは間違いない。
別に今上手い文章書いている訳ではないから、少なくとも今と比較して、という意味で。

でもそんな日々の中で、偶然ある実験の中で発見が生まれ、発明が生まれた。
それは今までの研究開発での困りごとに対する起死回生の解決手段となっており、
実験室レベルではあるけど、間違いなく特性は当時、他社と比較してナンバーワンのものだった。

何より、どこの会社もやっていない、
うちの会社オリジナルの技術になりえることが自分の心を躍らせた。

ただ、その頃は全く再現性がなく、なぜそのような構造の製品が出来るのか分からなかったけど、
毎日遅くまで残って実験して検証していくことで、徐々にそのメカニズムを明らかにしていった。
自分の中では、これは量産まで行けるんじゃないかという予感が、段々と確信に変わっていった。

ひょっとしたら初めて会社に入ってから心から仕事が楽しいと思えた時期だったかもしれない。
「そんなことできねーよ」って色んな人に言われる度に、実は内心嬉しさを感じていた。
誰も出来ないと思うことは、きっと今まで誰も考えたこともないこと。
それが実現すれば、絶対に新しいことが出来るはず。そんな気持ちが自分を支えた。

そして僕の上司は抜群のタイミングで自分を設計部門に異動させてくれた。
自分の開発品を自分で立ち上げろと。そのミッションを持って僕は部署異動した。

そこから先のストーリーはあっという間に進んだ。
最後までやりきった訳ではないけど、今年の3月の段階では何もなかった場所には量産ラインが出来て、
製品も何とか世の中に出て行くことになった。


今の自分、昔と同じで会社が嫌いなことに変わりはない。
でも、会社は嫌いだけど、自分のやりたいことを会社の中で見つけることが出来ている。
4月に部署が変わっても、今自分はやりたいことを見つけることが出来ている。

本来会社の企業理念とか、経営方針に共感出来ない人間が会社にいてはいけないんだけど、
でも会社に貢献していると思わせられれば、担当者レベルでそれを咎められることは全く無い。
いい意味で、どう会社を利用するか、という観点で自分の行動を決められるようになった。

それはきっとここ2~3年での自分の経験のおかげだと思う。
何事も打ち込んでみることで、面白さは見えてくるもの。
それは仕事に限らずに普遍的な真実であるとは思うけど。


秋には社長含めた役員に対してプレゼンをする機会があった。
プレゼンターは自分ではなかったけど、質疑応答の殆どは自分が対応した。
平社員として怖いもの知らずの気持ちでいたこともあり、はっきり言って、全くビビらなかった。
万一怒らせることがあっても、別に会社辞めればそれで済む話だろって思ってた。

その時の自分の質疑応答は、普段の会議での質疑応答のスタイルと全く変わっていなかったみたいで、
後で役員相手なんだから、もう少し言葉の選び方とか言い方を考えた方が良かったんじゃないか、
なんて指摘を受けたりもした。自分の中では丁寧なつもりだったんだけど。

でもある人からは「パンク魂見せてもらったよ」と言ってくれて、嬉しかったり。
これこそが自分の目指しているスタイルだ。
どんなに稚拙であろうとも、相手の立場に関係なく、自分の言いたいことは言う。
勿論、指摘を真摯に受け止める謙虚さは常に忘れないことが大事だけど。

自分が管理者になって立場が変われば、また違うんだろうけど、
少なくとも平社員のうちは、正直うちの会社にいて、
怖いと思うことはもうひょっとしたらないんじゃないかと思う体験だった。


そんなこともあり、何となく自分の会社内のスタイルが完成してしまったのが今年だったと思っている。
あくまで「うちの会社」限定の話だけど、どんな部署に行っても、
それなりに楽しさを見つけて、やっていけそうだと感じている。

会社は依然として嫌いでも、何だかんだ今の会社は自分に合っているのかもしれない。
きっとこのまま会社に残っても、色々な部署回って面白い経験が出来るだろうと思う。

ただ、うちの会社でこれまで経験した以上の刺激が、今後得られるかどうかというのは微妙なところ。
一度しかない人生、例え通用しなかったとしても、違う世界で自分を試してみたい気持ちもある。
会社を出ないと、自分が本当に社外で通用する人間なのかって分からない訳だし。

という訳で、来年は社外を意識した一年になると思う。
少なくとも転職エージェントにはコンタクト取ろうと思ってる。
自分のキャリアを買ってくれる転職先がないのなら、
きっと自分はうちの会社でしか通用しないんだと割り切ることが出来るし。

それが来年に向けて思うこと。

一度きりの人生、生まれたからには生きてやる。
誰かのサイズに合わせて 自分を変えることはない。


今年の更新はこれで終わりです。
更新ペースも遅く、定期的に読んで頂けている方はそんなに多くないと思いますが、
皆様今年もありがとうございました。

そしてリアル世界でお世話になった方々もありがとうございました。


B00005EYGAYOUNG AND PRETTY
THE BLUE HEARTS
トライエム 1987-11-21

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The Blue Hearts 「ロクデナシ」
いつまでも自分のテーマソングの一つであります。
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テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

The Blue Hearts 「夢」

昨日、休日出勤して図面を書いていたんだけど、
何だかんだで嫌ではなくて、無心にCAD用のPC画面とメモ書きの紙とに向き合っていた。

僕が書いた図面を基にして、工場でものは作られる。
工場で出来上がる製品が、常に得意先の要求に応じるものであり続けられるのか、
それは僕が今書いている図面次第で決まる。

いわゆる製造業における品質ってやつは、当然製造現場によるところも大きいんだけど、
一般的には設計で決まると言われている。
設計要因の不具合は、現場ではどうしようも出来ない。
だから設計に対する要求レベルは高くなり、結果的に設計の仕事は増える。

どこのメーカーも、設計さんって同じような感じなのではないだろうか。
製・販・技の括りの中で、一番労働時間が長いのは、僕は設計だと思う。

とはいえ、自分が図面として起こしたものが、実際の製造現場で出来てくるというのは、
非常にテンションが上がるものがある。
僕は去年部署を変わって、そういう仕事を経験した訳だけど、
新しいものを作るということは、こんな楽しみがあるんだって、嬉しさを感じる自分がいた。

今は昔僕が開発部門にいたときに開発したものを、
そのまま設計担当として製造現場に落とし込んでいくという仕事だから、
面白くない訳がない。ぶっちゃけ今の自分は、やりたいことが出来ていると実感している。


とはいえ、将来の自分、やってみたいことがたくさんあって困っている。

社内のみに目を向けても、このまま設計部門で現場と連携して新製品を立ち上げていく仕事もしたいし、
また研究開発部署に戻って、世の中にない技術を開発していくってこともしたい。
勤務地を抜きにすれば、現場に入って、品質管理や調達など、生産に関わる仕事もやってみたい。

自分が開発した製品を営業の立場で売り込んでいくこともやってみたいし、
現状課題に対する企画立案をするような、企画系の仕事もやってみたい。

社外に目を向ければキリがない。
製造業にしても色んな業界があるし、海外にまでフィールドは広がっている。
やれるかどうかは別として、技術者という括りから離れた業界にも興味がある。
もう一度大学に入り直して、研究してみたいこともある。

「あれもしたい これもしたい もっとしたい もっともっとしたい」


僕は大学時代はいわゆる中二病ってやつだったと思っていて、
自分が将来やりたいことが何かなんて全く分からないまま、
目の前に楽しいことがありすぎたこともあり、まずは目の前に直面する楽しみと向き合ってきた。

でも反面、「労働」というものに対する楽しさは、その当時から感じていた。

最初にやった労働は高校時代のホームセンターで、そこを原点として
大学入ってから始めた深夜の清掃バイトなんてのは、結局大学院出るまで続けていた。

大学休学してほぼフリーター生活していた頃は、日雇いのバイトをかなりやっていて、
肉体労働が多かったけど、上水道の汚染物調査や、プロレス会場の設営、
あとは24時間ぶっ続けの交通量調査なんてのもあって、楽しかった。

そんな中で、自分にとってもうやらないと決めた仕事もあって、
新薬の被験者であったり、巨人戦のチケット抽選に並ぶ仕事なんてのは、
罪悪感に駆られて、気持ちいい労働と、そうでない労働があるということも学んだりした。

「労働」って心身を削るから対価としてお金がもらえるのであるんだけど、
普段経験できないことを経験できる、新たな世界を知ることが出来る労働に関して、
楽しみを見出せる自分がいた。
一方で、お金がもらえても、決して気持ち良くない労働があることも知った。

今振り返ると、こう思う。
大学時代の自分、やりたいことがなかったんじゃなくて、やりたいことがいっぱいあったんだと思う。
それを無理に一つの世界に絞ろうとしたから、きっと訳が分からなくなったんだと思う。
当時は頭悪すぎて、自分の考えなんて整理できていなかった子供もいいところだった。


会社にいて上司と話していて「お前は今後何をやっていきたいか」と聞かれる機会があるんだけど、
大体僕は「ぶっちゃけ何でもいいです」と答えている。
「昔の部署に戻りたいか」と聞かれれば「ぶっちゃけどっちでもいいです」と答える。

自我が無い奴だと叱られることもあるけど、実際どんな仕事でもいいんだから仕方がない。
きっと自分に天職なんてものはないんじゃないかと感じたりする。

僕の人生、様々な場所において決断があった。
高校、大学の選択、大学院への進学、会社の選択。

しかしその決断の後の生活においては、偶然性が多分に大きな要素を占めている。

金がかからないからと入った大学の寮生活がめちゃめちゃ楽しかったり、
希望しなかった入った研究室での研究がこれまた楽しかったり、
会社に入って上手いタイミングで開発に成功した結果、
想定外だった設計部署への異動が実現したり、と。

当然決断するべきときは決断するという覚悟は必要だと思ってはいるものの、
偶然性を上手く捉えて生きるということは、一つの考えじゃないかと思っている。
いい意味で流される、というか。

自分はこうなりたいと明確なビジョンを持って、それに向かったキャリアを築こうとしている人が
恐らく多数だと思うんだけど、僕にとってはビジョンが明確になりすぎるのって、
自分が予期していなかった経験を逃してしまうという
機会損失になってしまいはしないのか、と考えてしまう。

全然想定していないことが身に降りかかった、でもやってみたら楽しい。
そんな経験を、僕はもっと積んでいきたい。


きっと自分は大成しない。
大成するのはきっと若い頃から明確なビジョンを持って、
自らが一つ一つ設定したハードルを越えていける人だ。

この前の会社の研修でも誰かが話していたけど、
イチローは小学生の頃から明確なビジョンを持って行動してきたから大成したんだって言ってた。

でも流される生き方は、どこででも通用するための力を持たないと、
ただ流されるだけに終わる。
どんな場所でも通用するための力、そんな力を磨いていきたい。

その力が何であるか、いくつか具体的なポイントには落とし込んでいるので、
それを身に付けていくことが自分のキャリアプランであり、生き方になると思う。

どうせいつか死ぬなら、色んな経験をして死にたい。そう思う。

ま、今はいい環境にいるから、こんな軽々しいことを言えてしまうのかもしれないけど。
どこかで考えが変わるかもしれないけど、今はこれでいい。


僕はいつからか、夢という言葉を使わなくなった。
信じていれば夢は叶うなんて言う人間に、無責任さを感じるくらいになった。

小学生の頃、僕はブルーハーツの「夢」というシングルを買った。
なんていい曲なんだろうと思って、何回も何十回も何百回も繰り返して聴いていた。
高校の頃や、大学の頃にギターやベースをコピーして、遊びでバンドで演奏したりしていた。

でも今この曲聴いてみると、超ポジティブな歌詞の中に、
マーシーの皮肉が込められているような気になってしまう。
大人になっても、こんな気持ちを抱き続けられる奴はいるのかよって。
作った人間に対して申し訳ない気持ちになる訳だけど。

この歌詞、凄すぎるよ。こんな曲、今の僕は絶対歌えない。
たまにカラオケで歌っている人がいるけど、歌を聞きながら、僕はそう感じている。

でも、かろうじて今の僕にはやりたことがたくさんあること、
その部分だけは、僕が歌ってもいいパートなのかもしれない。

「あれもしたい これもしたい もっとしたい もっともっとしたい」

このパートがふと思い浮かんだので、久しぶりにブルーハーツを聴いてみた。
やっぱ凄すぎる、ブルーハーツ。ヒロトとマーシー。


B002YW7AO6STICK OUT
ザ・ブルーハーツ
ワーナーミュージック・ジャパン 2010-02-24

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The Blue Hearts 「夢」

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

The Blue Hearts 「イメージ」

久しぶり(?)に今日は私的な記事を。


僕の開発品を工場で試作品として作ろうということで、色々と日程調整して頂いた結果、
このような日程が出てきた。

7/30(土)~8/5(金)

僕はこの日程を見て青ざめた…。考えうる限りの最悪の日程だ…。

現行ラインを使って僕の製品の一部工程は作られるんだけど、
そこは現行の量産ラインであるので、通常の生産が行われている。
よって僕の試作というものを投入するには、ラインを管理する側に一任して調整してもらうことになる。
要するにラインが空いているときにしか、試作は出来ないよ、と。

なのでその結果に対して、あーだこーだ言う訳にはいかない。
そして7/30(土)の初日は、今回のポイントになりそうな工程の見極めの一つ。

どうする?、俺。

その他の予定だったら、文句なしに予定をキャンセルして、工場に飛んでいくだろう。

しかし、7/29(金)~7/31(日)はフジロックの日。
僕が何で働いているかって意味を問いかけると、
間違いなく一つの理由に「フジロックに行くため」ということが挙がる。

それくらい僕にとっては人生の楽しみの一つになっているイベント。
人生を楽しむために仕事をしているはずなのに、そこが逆転してしまうのはきっと本末転倒だ。

だから僕はフジロックに行くことを選択するんだけど、
でも、すごく、すごく、葛藤がある。

僕以外の誰かに、土曜出勤、しかも工場出張をお願いして、行ってもらわなければならない。
僕はその事実を上司に打ち上げて、相談し、周りの人達の予定を調整してもらわなければならない。

僕のわがままのために。

という訳で気分は憂鬱である。

今思うのは、せめて8/1(月)~5(金)の間だけは、迷惑をかけずに頑張る、ということのみ。
この週は身体がいくら悲鳴を上げようが、気持ちで乗り切る。
そんな意気込みを示し、結果で示すことで、周りの人達に理解してもらうしかない。


働く、ということの意味を考える。

自分のために働くことは、事実。
でも誰かのために、社会のために働くことも、事実。

僕の働く意義の一つに、これまでお世話になった人達に対して、自分を育んでくれた社会に対して、
そして日本という母国に対して、恩返しをしたい、というものがある。
それは僕が大学院生のときに、ようやく就職をしようと思ったときに、僕が思ったことだった。

僕が就職活動の頃に決断した僕の想いは、実は今でも変わっていない。

仕事かったりーとか、あの人使えねーとか、会社の文句言ってばっかりだけど、
でも僕は、働く、ということに意義を感じているから仕事が出来る。まだ会社を辞めずにいれる。

「私」と「公」。多くの人達が、この狭間の中を苦しみながら生きている。
どちらに重きをおくかは人それぞれ。各人の人生、好きに選択すれば良いと思う。

僕は今、その狭間の中で苦しんでいる。

ま、悩んでいる暇あったら、会社のうちに目いっぱい仕事しろってのが、
多くの人達が言ってくれるであろう助言なんだろうけど。

前向きな結論は、それだ。
俺がフジロックに行った分、今度はみんなに対して、今以上に恩返しをすれば良い。

都合のいい割り切り方に思えるけど、でもそうさせてもらう。


仕事ってのは決断の連続で、最近特に色んな場面で決断を迫られる場面が増えた。
少なくとも、僕が担当している製品絡みの案件は、
僕が決断したことを、大体管理者の方は追認してくれる。

ある程度自分も認めてもらえもらえるようになったということで、
それは凄く嬉しいことではあるんだけど、そんなプレッシャーのある日々は、疲れる。
僕と同い年だったら、ベンチャーの社長や大手の管理職なんていっぱいいそうなもんだけど、
僕はまだその域にはいけないみたいだ。

ということで、仕事以外の事柄について、僕は決断をすることが減った。

例えば、原発のこと。
あなたは原発に賛成ですか、反対ですか。

今の僕の結論。

すみませんが、今の僕に、結論は出せません。

原発は無いに越したことはない。でも本当に将来の日本、原発なしでやっていけるのだろうか。
一市民とすれば、原発反対。一方で、一産業人とすれば、原発賛成。
僕という人間にも、複数の立場がある。それぞれの立場によって、違う結論が出る。

ただし、原発の安全性というものに対して、
綿密なストレスシミュレーションは絶対に必要なことだと思う。

政治家の与謝野さんが、今回の原発事故は科学の範疇を超えた事故だって言ってたけど、
それは絶対に言ってはいけないこと。

科学的に想定しうる全てのストレスに対して、安全性を証明できるような原発の設計を行うこと、
それが社会を発展させる科学技術というものだと思う。
科学は安全を保証するためのツールでなければならない。


ちょっと横道にそれたけど、でも僕は政治家ではないし、
決断を下す必要がないので、先のような宙ぶらりんなスタンスの状態にある。
そんな僕のスタンスを批判する人もいると思うけど、僕はそれでいいと思っている。

僕は、白か黒か、妙に選択をさせたがる風潮が嫌いだ。

原発賛成だからって叩いたり、原発反対だからって叩いたり。
そういった風潮を煽りつつ、延命を図ろうとする国家元首もいる始末。

単に互いの立場だけを批判したいだけではないのだろうか。
本当にそれぞれの立場の背景にある主義主張というものに対して、耳を傾けようとしているのだろうか。
互いの立場を乗り越えて、最適な解を得るための、本当の意味での討論をしようとしているのだろうか。

真摯に活動されている方々に敬意を表すると同時に、
日本に巣食うアホ共に対して、僕は軽蔑の意を表したいと思います。


僕はそんなことを考えて、すぐにこの曲が思い浮かんだ。
ブルーハーツの「イメージ」。

マーシーの曲だけど、ほんと天才的な歌詞だ…。
人間社会の普遍的な課題を、見事に捉えていると思う。
「原発」という歌詞がリアルすぎるのは問題だけど、
でも今の風潮だからこそ、多くの人達に聴かれるべき曲だと思う。

パンクって言葉は、この曲における彼らを形容する言葉なのではないか。
大げさではなく、僕はそう思います。


どっかの坊ずが 親のスネかじりながら
どっかの坊ずが 原発はいらねぇってよ
どうやらそれが新しいハヤリなんだな
明日はいったい何がハヤるんだろう

イメージ イメージ イメージが大切だ
中身が無くてもイメージがあればいいよ


B002YW7ANMBust Waste Hip
ザ・ブルーハーツ
ワーナーミュージック・ジャパン 2010-02-24

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The Blue Hearts 「イメージ」

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

The Blue Hearts 「僕の右手」

僕のギターを知りませんか
行方不明になりました


この前の土曜日は友人の結婚式だった。
結婚式の二次会でいつものように芸をすることになって、
色々と前フリをした後に、大学時代の同士とブルーハーツの「人にやさしく」を歌った。
僕はアコギでギターを弾いていた。

自分で言うのもなんだけど、かなりウケは良く、
新郎も喜んでくれて、大成功と言って良い出来だった。

そんなこんなですっかり安心した僕は友人達と本腰を入れて飲み始め、
三次会、四次会と進むにつれて、記憶がなくなる。

気付けば僕は後輩に肩を抱えられ、駅方面に歩いていた。
空はうっすらと明け始めていた。
後輩にお礼を言って、一人で歩く。

気持ち悪くて路上で吐いた後に、電車に乗り込む。
電車に乗った後に気付く。

俺のギターが、無い…。

そのときはでもあまりにも気持ち悪いのと眠いのとで、家に帰ることしか頭に無かった。
なんとか家に辿り着き、寝る。

目が覚めると、時計は12時を回っていた。
やっぱり気持ち悪いことに変わりは無い。
ペットボトルのお茶を飲みまくって、パソコン立ち上げてぼーっとネット漁っているうちに、
また眠くなって、布団に入る。

布団に入りながら、またギターのことが頭に浮かぶ。

あのギター、どうせ中古で1万5千円のギターだし、もうネック反りまくってるし、
ペグも錆びかけてるし、もうなくなってもいいかな…、と思って、また眠りにつく。

再び目が覚めると、最早太陽は沈んでいて、外は闇に包まれ始めていた。
とはいえ、毎年のことだけど、M-1は絶対に観なくてはいけないと、再度布団から抜け出す。

僕の家にはテレビがないので、M-1を観るには外に出なくてはいけない。
友人の家で毎年観てたけど、気持ち悪くてかったるかったので、漫画喫茶で観ることにした。
色々と賛否はあったかもしれないけど、やっぱりM-1は面白くて、
なんだかんだで大団円で終わって、あー今年も終わりだなーって、実感する。

そしてまた電車に乗り、帰る。
そのとき、またギターのことが頭に浮かんだ。
しかもなぜか分からないけど、鮮烈な昔の出来事と共に、ギターのことが頭に浮かんだ。

僕は高校時代にエレキギターは持っていたけど、初めてアコギを手にしたのは大学のときだった。
やっぱりギター一本で弾き語るスタイルに憧れて、バイトで稼いだ金で、
中古楽器屋に行って、ギターを買った。

寮に住んでいた頃、アホみたいにギターをかき鳴らして、友人達と歌っていた。
あのときやっぱり一番歌っていたのはブルーハーツだった。

大学院生の頃、好きだった女の子に振られた日、僕は無性にギター弾いて歌いたくなって、
すすきのの街まで出て、恥も何にも知らずに、歌った。

更に寂しい話だけど、クリスマスイブのときにも、外で歌っていた。
外は氷点下で、指がちぎれるんじゃないかと思うくらいに寒かったけど、
弦で指を切りながらも、ギター弾いて、歌った。当時はそんな心境だった。

社会人になって、うまく会社生活に適合しながらも、
自分は本当にこれでいいのかという自問自答が続いて、
そんな葛藤を歌詞書いて、曲作って、自分でギター弾いて歌ってみたりもした。

友人達はどんどん先に結婚していくけど、
一緒にバンドやっていた人間の結婚式のときには、ギター弾いて、やっぱり歌っていた。
地元の友人の結婚式のときにも、歌った。


なんか恋人じゃないけど、急に僕のギターがいなくなったことが、
自分の人生が失われていくような感覚になった。
最近は弾いていなかったけど、僕にとって、あのギターの存在って大きかったんだなって思った。

飲み歩いていた店に電話していたら、居酒屋でギターを預かってくれていたことが分かった。
僕は心からお礼を言った。

昨日は課の忘年会だったけど、今日は絶対ギター取り戻すんだって気持ちで、
往復一時間半かけて、お店まで行った。

ちなみに今日は会社の最終日なので、会社の会議室で大人数で飲んだ後。
なんだかんだで、今年お世話になった人達とこうして笑いながら飲めて、
僕は幸せな気持ちになっていた。

そして、僕の手元にギターが戻ってきた。
彼は普段と何にも変わらない表情で、そこに存在していた。
軽く弦を鳴らしてみたけど、いつもと変わらずに、彼は音を奏でていた。


何か今年も色々あったけど、ギターに限らず、自分のことを支えてくれて、
後ろから見守ってくれる人がいるから、今自分は生きていられるんだって、再確認した。

いい年だったと思う。ほんとに。今年は特に楽しかった。

まー酔っ払ってるからこんな恥ずかしい文章かけるんだけど、
でもこうして更新頻度は減ってしまったけど、一年間ブログを続けられて、良かった。
こんなブログでも読んでくれる人達がいることが分かって、嬉しかった。

ほんとは明日、今年の総括でもしようかと思っていたけど、
今日の文章で締めるのもいいかなと思って、今年は最後の更新。
来年頭は、今年の総括から開始しようと思う。

誰に向けてって訳ではないけど、やっぱり言いたい。

皆様、今年もお世話になりました。
来年もまたよろしくお願い致します。


人間はみんな弱いけど 夢は必ずかなうんだ
瞳の奥に眠りかけた くじけない心
いまにも目からこぼれそうな 涙の理由が言えません
今日も明日もあさっても 何かを捜すでしょう

見た事もないような マイクロフォンの握り方で
聞いた事もないような歌い方するよ だから

僕の右手を知りませんか?


B00005EYGKTrain-Train
THE BLUE HEARTS
トライエム 1988-11-23

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The Blue Hearts 「僕の右手」 LIVE

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The Blue Hearts 「世界の真ん中」

何だかんだ今の仕事が、一つ目の山場を迎えつつあることは間違いありません。

僕は四月に職場を移った。
僕を今の職場に送ってくれた上司の狙いは、僕に別な部署を経験させることであるのは間違いないんだけど、
使命は前の部署で開発に携わっていた製品を、世の中に出すこと。
開発系の部署から、製品立ち上げの部署に異動したってイメージです。

はっきり言って技術的な課題はまだ残っているし、
とてもじゃないけど、自分が無傷で量産まで辿り着けるとは思わない。
色々な人達の協力をひたすら仰いで、一歩一歩進んでいくしかない。
自分なんて出来ない事だらけで、ほんとに周りの人達の力を借りないと、進めない。

最近僕よりも職位がかなり上の社内の人達に、
僕が今立ち上げに携わっている製品について説明することが増えたんだけど、
初めて僕の話を聞く人達は、揃って、こんなこと本当に出来るのか、と言う。

社長の窓口として設備投資の案件をまとめている部署の人には、
ここまで出来るのか分からなくて不安になる製品は初めてだ、と言われた。

僕の仕事の進捗が予定よりも遅れていて迷惑をかけているのは本当に申し訳ないと思うんだけど、
でもそういうリアクションに触れる度に、僕の中では逆に手応えが湧いてきた。

色んな人が半信半疑になるようなことやろうとしてるってことは、
実はめちゃめちゃ新しいことやろうとしてるってことなんじゃないかって。

超ポジティブシンキングで、関係者に知られたら怒られると思うんだけど、
実際、今僕はそう思っている。

現状やることありまくりで、しかも僕の仕事は別の製品の仕事もあるから、
何から手をつけていいのか良く分からなくなって、
全てを投げ出してしまうような気分になってしまうときもあるけど、
でも、なんか初めて会社にいて、自分が何かをやろうとしているって、実感が湧いている。

製品の量産目標は再来年の1月。
それまでは地獄のような日々もきっとあるだろうけど、でも、何となくうまくいきそうな気がする。
自分の気持ちが、切れなければ大丈夫だと思う。

これまで散々お叱りを受けてきたけど、
きっと僕を助けてくれるって思える人達がいるのも事実。
とにかく、自分が頑張り続けることが大事なんだと思う。

うまくいかなかったら、会社を辞めればいいんだー。
別にうちの会社に未練はないし。死人に口なしって感じで、どう言われようが構わない。

うちの会社入って、悩み事めちゃめちゃあったけど、
今は悩んでる暇あったら、目の前のこと何とかしようって気分です。
大変だけど、部署移ったの良かったかも。


話はずいぶん大げさな感じになるけど、自分の人生って偶然だと思う。

僕という人間、両親が出会わなければ、存在しなかった。
下世話な言い方をすれば、ある日、両親がセックスしなければ、僕は存在しなかった。
そして、何故か僕を構成する遺伝子が、他の遺伝子に先んじてしまった。

僕が生まれる前に、僕はいなかった。
未だに僕はそのことに実感が湧かない。

そして、僕は偶然がなければ、存在しなかった。
そのことに対しても、実感が湧かない。

一時期「なぜ生まれたの?なぜ生きてるの?」なんて歌っていた曲があった気がするけど、
なんかリアルに共感する。全然意味が分からない。

あるアーティストの「生まれたついでに生きる」という言葉に触れて、
僕はあーこれだなって思った。
僕もそうだと思った。生まれたから、生きるんだって。

僕は子供の頃、死ぬことが怖かった。
勿論今でも怖いんだけど、昔よりもびびらなくなったと思う。
人間、死ぬときは死ぬんだって、思うようになった。

生きることに目的はない。生まれたから、生きる。


こんなこと書いてると、自分の命を粗末に考えているんじゃねーかってお叱りを受けそうだけど、
これまでの人生、幸い自分から死のうって思ったことはない。
いつも自分の死に場所はここじゃないって思ってきたからだと思う。

昔僕は憧れていたけど、ノーベル賞をもらえるくらい、
自分が世の中に爪跡を残せるような人間だと思っている訳でもない。

でも生きていれば、何かできるんじゃないかって。
色んな人に笑われそうだけど、でもそんなことをたまに思うことがある。
そのためにはまだ生きなければならない。

何にも出来ずに死ぬんだったら、それまでだったんだって、諦めもつくし。


今日の記事、匿名のブログだからこそ、書ける内容。
僕を知ってる人には見られたくないかも。なんかそんな気分みたいです。


中学校の頃に僕はブルーハーツに出会って、もちろん当時もすごく好きだったんだけど、
完全に衝撃を受けたのは大学時代の頃だった。

大学時代のあるときまで、ゆとり全開って感じだけど、
僕は自分が何をやるべきか、何を為すべきか、全然分からなかった。
何を目的に生きていけば良いのか、全然分からなかった。

そんな日々の中で、僕はもう一度ブルーハーツに帰ることになった。


「世界の真ん中」

うまくいかないとき 死にたいときもある
世界の真ん中で 生きていくためには

生きるという事に 命をかけてみたい
歴史が始まる前 人はケダモノだった


何だかんだでそこから色々あって、今に至る。
今僕は、生きることに、本当に命をかけれているのかな。


B00005EYG7THE BLUE HEARTS
THE BLUE HEARTS
トライエム 1987-05-21

by G-Tools



The Blue Hearts 「世界の真ん中」 音のみ
こんな歌詞をさらっと書いて、歌ってしまえる甲本ヒロトという人は、僕は天才だと思ってしまいます。

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

プロフィール

捕鯨船団

Author:捕鯨船団
1979年生まれ。
東京都町田市在住。
電子部品の技術開発に従事。

30超えにも関わらず、
楽器をドラムに替え、
学生時代以来のバンドを始めた
今日この頃。

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